●ラーマ1世 ラーマいっせい
アジア タイ王国 AD
1735〜1809 1782年トンブリー朝のタクシン王失脚のあと,王位につき,現王朝(チャクリ王朝)の創設者となった。タイ名はプラプッタヨートファー=チュラーローク王である。王位につく前はプラヤー=チャクリー(1770〜75)・チャオプラヤー=マハー=ガサットスック(1775〜81)の官名をもち,チャクリー将軍と呼ばれた。アユタヤ朝の高官の家系に生まれ,王族ではなかった。トンブリー朝(1767〜82)のタクシン王とは幼少時宮廷の近習をともに勤めた仲で,同王の治世下ではビルマ軍の撃退,カンボジア・ラオス遠征に活躍した。1781年タクシン王に反乱がおき,翌年おされて王位についた(在位1782〜1809)。ビルマ軍のアユタヤ攻撃で散逸した仏典・法典の編集を行い,『三蔵経』『三印法典』を編纂したほか,ビルマとの戦役,ラオス・カンボジアの服属などを通じて,タイ国の版図の拡大に貢献した。