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●ラテン文学 ラテンぶんがく

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【特徴】一般にラテン文学といえば古代のラテン語文学のことをさすので,ここでもこの枠をまもり,中世ラテン語文献には触れない。最初に特徴を述べ,次に時代区分,最後にジャンル別にみていきたい。ラテン文学は古代以来のさまざまな証言によればきわめて豊かなものだったらしいが,残念ながら今日まで残存するのはわずかである。キケロがあげる弁論家たち,ホラティウスとオウィディウスが言及する詩人たち,クインティリアヌスによる文献目録などをみれば,いかに厖大なものが失われたかが推測できる。叙事詩・悲劇・歴史などを含む初期文学作品はほとんど全滅で,ルキリウスの諷刺詩も断片が伝わるだけ。これではラテン文学を全体として評価するのは困難である。評価の点でもう一つ見落とせないのは,ローマ自らがレールを敷いたヨーロッパ的伝統からの離反,ギリシア再発見,ロマン主義的なオリジナリティ観といった一般的な精神史的展開である。その行きつくところは,人々がギリシアの影響を意識するあまり,ラテン文学の独自性を長いあいだ認識しなかったという事態である。なるほどギリシアとの接触がローマ文学成立の主要因であることは否定できないが,しかしラテン的なものは厳然として存在する。現実意識・意志的態度・秩序志向・成果主義・計画性,普遍・壮重・壮大を求める傾向,弁論術や抒情詩への傾斜,人格的なもの・心理的なものの重み,暗示的であると同時に建築的な言語形態,抜群の構成力,部分と全体の関係で発揮されるセンスのよさ,以上がラテン文学の実体を示す目じるしである。

【時代区分】(1)草創期:前3世紀半ばから2世紀末まで。多方面にわたって断片(エンニウス・カト・パクウィウスルキリウスアッキウス)が残存するが,喜劇を除いて実体は不明。(2)古典期:キケロ(106〜43)の登場からアウグストゥスの死(14)まで。前2世紀末から前30年ごろまでは内乱がつづき,ローマ革命の時代ともいわれるが,混乱に終止符を打ったのはオクタウィアヌス改めアウグストゥス。この時代にローマの誇る詩人(カトゥルスウェルギリウスホラティウス・ティブルス・プロペルティウス・オウィディウス)・哲学者(ルクレティウス・キケロ)・歴史家(カエサルサルスティウスリウィウス)・百科全書派(M.テレンティウス=ウァロ)が活躍した。以上はラテン文学の世界的評価を決定的にした作家たちで,この時代が古典期と称されるゆえんである。なお,政治家マエケナスが詩人らを後援し,文芸を奨励したのはこの時代後半のことである。(3)銀の時代:ティベリウス帝(前42〜37)からハドリアヌス帝(76〜136)まで。古典期(黄金時代)に比べて見劣りするので銀の時代と称される。セネカ・ルカヌス・スタティウス・マルティアリスクインティリアヌスタキトゥスユウェナリスなど多方面に才能が輩出。この人々の作品には古典期にはなかったさまざまな新しい物の見方が芽生えていた。当時すでに懐古主義者もいて(フロント・ゲリウス),そのおかげで初期の文学や宗教に関する情報が得られる。(4)帝政後期:アントニヌス=ピウス帝(86〜161)から西ローマ帝国滅亡(476)まで。キリスト教文学が栄え(テルトゥリアヌスキュプリアヌスラクタンティウスアンブロシウスプルデンティウスアウグスティヌス),いわゆるギリシア・ローマ時代のそれとは異なる人間の生き方が語られた。4世紀末に(一部はキリスト教への反動で)古代ローマ的伝統につらなる文学への思いが再燃した(アンミアヌス=マルケリヌスシュンマクス)。同時に注釈などの文献学的著作の刊行や古典文献出版が盛んになされ,これらはローマ古典文学の理解と保存に決定的に貢献した。(5)終末期(6〜7世紀):ボエティウスカッシオドルス・セビリアのイシドルスらが中世に橋をかけた。

【ジャンル】(1)叙事詩:ローマの叙事詩は,リウィウス=アンドロニクスのホメロス翻訳物『オデュッセイア』を除いて,歴史記述(ナエウィウスポエニ戦争』・エンニウス年代記』・ルカヌスパルサリア』・シリウス=イタリクスポエニ戦争』)や時勢論(キケロ『執政官職論』)の一形式である。ウェルギリウスの大作『アエネイス』も歴史性に富み,同時に国家神話に満ちみちている。伝統的な神話的叙事詩もあった(ウァレリウス=フラックス『アルゴ船遠征譚』・スタティウス『テバイ攻め』)。なお叙事詩とならんでエピュリオン小叙事詩)という形式があった。オウィディウスの『変身譚』は長大な叙事詩であるが,実は巧みにエピュリオンをつなぎ合わせたもの。ほかにカトゥルスの『ペレウステティス』など。(2)抒情詩:文学以前のものとして,大母神ケレスに仕えるアルウァレス兄弟団の祝詞(のりと),マルス神に仕えるサリイ祭司団の歌,婚礼歌・葬礼歌などがあった。エピグランマ短詩)でラテン語の簡潔さを生かしたのがカトゥルスマルティアリスら。ホラティウスの『抒情詩集(カルミナ)』と『エポドス集』はギリシアを含めた古代抒情詩の総決算であり,同時にきわめて個性的な作品群である。ここには生命感が躍動し,政治と個人的問題とが均衡を保っている。ローマのエレギーアはおもに愛をテーマにした懺悔の詩である。ガルスが先鞭をつけた。現存する最古の作品はカトゥルスの『アリウス』。ティブルス・プロペルティウス・オウィディウスらが完成させた。牧歌詩ブコリカ)もこのジャンルに入り,代表者はウェルギリウス。この流れはキリスト教詩人らにも継承され,アンブロシウスプルデンティウス・ノラのパウリヌスらが新たな詩想を綴った。(3)教訓詩:まずクレティウスの『事物の本質について』。これはエピクロス哲学をラテン語韻文に綴ってローマ人に伝えたもので,部分的に賛歌風の熱狂と詩的な美への高まりがみられる。ウェルギリウスは『農耕詩』で,農事指導よりも詩的表現を多くすることによって詩と教訓の対立をやわらげた。この先輩に敬意を表してコルメラは『農業論』の一部を六脚韻詩で書いた。ホラティウスの『詩論(アルス=ポエティカ)』は詩作法を教える。オウィディウスの『恋愛術(アルス=アマトリア)』はパロディとしての教訓詩の好例。ローマの祭りの由来を述べた彼の『祭暦』は,エレギーアを神話・伝説記述に利用したもので,この作品はアウグストゥスのめざす宗教復興に貢献する。ほかに,狩猟詩グラッティウスネメシアヌス),地誌・旅行記(アウソニウスアウィエヌス),格言集(アッピウス=クラウディウス=カエクス・カト),寓話集パエドルス)など。(4)悲劇:厳粛さとパトスがローマ人に好まれた。リウィウス=アンドロニクス・ウァリウスらの名が伝わっている。後期の作品はほとんどレーゼドラマ。完全な形で現存するのはセネカの作品だけ。(5)喜劇:プラウトゥステレンティウスの作品が現存する。いずれもメナンドロスらのギリシア新喜劇を変形したもの。ほかにローマを舞台にするトガタ劇オスク人茶番劇身振り狂言(ミームス・ラベリウス・シュルス)などがあった。(6)諷刺詩:ルキリウスホラティウスによればこのジャンルの創始者)が論争詩としての形を整え,これを時評・社会批評・自己表現の手段にした。ホラティウスがこれに磨きをかけ,ペルシウスとユウェナリスが伝統を継いだ。ほかにウァロのメニッポス式諷刺詩,セネカが皇帝を揶揄した政治的諷刺詩(一部散文)など。(7)歴史:古い伝統(ポンティフェクス年代記・執政官名簿)から年代記的歴史記述が発展した。初期ではファビウス=ピクトル,ついでカト,そして古典期での歴史の完成者としてティトゥスリウィウス。現実的要求に応えるものとして歴史点描(アッティクス・ネポス・パテルクルスら)と世界史的著作(ポンペイウス=トログス)があった。サルスティウスタキトゥスは政治と歴史の原則的解釈を伝えるべく,歴史の細部を扱った。カエサル(シーザー)の『ガリア戦記』を代表とする政務報告文は飾り気のない文体が特徴。伝記作家としてはネポス・スエトニウスヒエロニュモスアウグスティヌスオロシウスらはキリスト教徒としての歴史観を綴った。(8)弁論術と修辞学:初期の状態は不明。共和政時代,キケロの活躍で最盛期を迎える。彼は弁論家に総合的教養を要請した。帝政期には修辞学校での訓練万法によって弁論は哲学と分離した(フロント)。ほかにクインティリアヌスタキトゥスらが著作を残した。(9)書簡:本物の手紙(カト・キケロとその文通者)・様式化されたもの(小プリニウス・フロント)・文学的書簡の3種類があり,後者には政治的なもの(カエサル宛てのサルスティウスの書簡),哲学的なもの(ホラティウス・セネカ),宗教的・神学的なもの(キュプリアヌスアンブロシウスシドニウス)がある。(10)小説:ペトロニウスの諷刺の利いた風俗小説『サティリコン』はトリマルキオという忘れがたい人物像を残し,アプレイウスの『黄金のロバ』は娯楽性と宗教的雰囲気をもつ。(11)哲学的著作:おもな形式は対話・書簡・教科書。古典期以降のおもなギリシア哲学をローマに伝えたのはキケロとセネカ。アプレイウス・M.ウィクトリヌスボエティウスは新プラトン主義を伝えた。アウグスティヌスのキリスト教哲学はまさに彼独自であげた成果である。(12)その他:百科全書的作品(カト・ウァロ・大プリニウス,後期ではマクロビウスカッシオドルス・イシドルス)が基礎となって,各種の専門分野の業績が出た。古典文献出版(プロブス)・注釈書(アスコニウスドナトゥスセルウィウスマクロビウス)・文法書・法律文献など。後者は一部は理論書(キケロ『法律論』),一部は法令集(ガイウス・ウルピアヌス)である。この法令集の集大成が『ローマ法大全』にほかならない。最後に自然学(セネカ『自然問題』)・農事文学(カト・ウァロ・コルメラ)・建築書(ウィトルウィウス)をあげておこう。

〔参考文献〕ピエール=グリマル,藤井昇・松原秀一訳『ラテン文学史』1980,白水社

高津・斎藤『ギリシア・ローマ古典文学案内』1984,岩波書店