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●ラッフルズ

ヨーロッパ 英国 AD1781 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1781〜1826 イギリスの植民政治家。1800年に東インド会社に入り,1805年ペナン,1809年マラッカに派遣された。イギリスのジャワ征服とともに1811年,副総督に任命され,この地方の統治責任者として啓蒙思想を背景にアダム=スミスの理念によりオランダ東インド会社の重商主義的植民地政策を批判,地税制の施行を柱とする自由主義的統治を導入した。1816年,東インド植民地のオランダへの返還によりこの改革は十分な成果をみぬうちに挫折し,いったん本国へ召還されたが,翌年にはスマトラのベンクーレン知事として再びこの地域に着任。その後,オランダの貿易独占政策に対抗しうる根拠地捜しに努力し,1819年にジョホール王と条約を結びシンガポール島に基地を建設,自由港として発展させ,現在のシンガポールの基礎をつくった。1824年に帰国し1826年没。在任中に各地の自然・風俗・習慣・言語・歴史などを研究,『ジャワ史』(1817)などの著書がある。