●ラティフンディウム
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古代ローマにおける大土地所有制。ラテン語の「広い latus」と「所有地・土地 fundus」の合成語が語源。ローマは対外的発展とともに広大な土地を獲得し,これを市民に貸したり占有地として占有を許した。上層の貴族や有力者たちは,この占有地をしだいに私有化し,広大な土地に奴隷を使って穀物だけでなくオリーブ・ブドウなどの果樹栽培や牧畜を行った。前2世紀には,イタリアでこのような大土地所有が急速に進展した。プリニウスが〈ラティフンディウムはイタリアを零落させてしまった。今やそれは属州をも破壊する〉(『博物誌』)と書いているように,ラティフンディウムの進展は,中小農民の没落と国防力の低下をもたらすため,グラックス兄弟が私有地の制限を実施しようとしたが失敗。前111年には土地法により占有地の私有が認められた。ラティフンディウムはイタリアだけでなく帝国全体に広まり,たとえば属州アフリカは,ネロ帝の時代にわずか6人の大土地所有者に私有されていたといわれる。しかし,帝政時代に入ってローマ帝国の対外的拡張がやむとともに,奴隷の供給が減少し,ラティフンディウムの経営は奴隷にかわって小作人あるいはコロヌスを使用して行うようになった。