●ラッセル
ヨーロッパ 英国 AD1872 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1872〜1970 イギリスの数学者・哲学者。祖父が2回にわたって首相をつとめた貴族の家庭に生まれた。イギリスの数学者ブールがはじめた論理学の数学的定式化は,ドイツのフレーゲにひきつがれ,厳密な数理論理学として体系化されようとしていたが,ラッセルは「ラッセルの逆理」を示してフレーゲに挑み,1910〜13年,ホワイトヘッドとともに『数学原理』を著して,自ら提起した問題の解決をはかって,記号論理学の確立に寄与した。しかし彼の〈数学は論理学に還元される〉という命題は,のちにゲーデルによって批判された。反戦主義者としても知られ,第一次世界大戦を批判して投獄され,ケンブリッジ大学の教授職を追われた。第二次世界大戦ではその平和主義を後退させたが,戦後,冷戦と核競争の時代を迎えて平和主義の語調を強め,晩年にはアメリカのヴェトナムにおける戦争政策に強く抗議,「ラッセル法廷」を主宰して国際世論を指導した。
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