●ラツァン=ハン
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生没年不明。青海ホショット部のグシ=ハンの孫。グシ=ハンは5代ダライ=ラマを表面にたてて,チベットを自ら支配したが,ラツァンのときにはその勢力は後退していた。これを挽回するため清の康煕帝と通じ,当時チベットの実権を握っていた6代ダライ=ラマの摂政サンギェ=ギャツォーをラサに襲って殺し(1705,康煕44),6代ダライ=ラマを不品行を理由に追放し,別にイーシェ=ギャツォーを立ててダライ=ラマとしたが,チベット人たちはこれを認めなかったので政治不安は継続し,その機にジュンガル部のツェフン=アラプタン(1697〜1727)が兵を率いてサラに入り,ラツァン=ハンを殺した(1717)。この後始末は康煕帝によって行われたが,ホショット部の影響力は終わり,代わって清朝のチベット支配が強化されるきっかけとなった。