●ラサール
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1825 ドイツ連邦
1825〜1864 ドイツの社会主義者。ブレスラウ・ベルリン両大学卒業後,ヘーゲル左派哲学の研究に従事した。1844年ごろ,パリでプルードンらの影響を受け,三月革命には「新ライン新聞」で活躍し,投獄された。1860年代初めから社会主義の実践活動に入り,1861年に社会革命を説く『既得権体系』,1862年に『労働者綱領』を発表し,1863年に全ドイツ労働者同盟を創設して会長になった。彼の思想は資本主義と対決しながら,国家の社会主義に果たす役割を重視し,生産組合を国家の補助によってつくる,一種の国家社会主義というべきものであった。このため,リープクネヒトやベーベルなどのマルクス派やアイゼナハ派とも対立したが,両派は1875年,合同してドイツ社会主義者労働党を結成し,のちのドイツ社会民主党に発展する基礎をなした。恋愛事件をめぐる決闘で没した。思想を実現させるため,ビスマルクに接近したことでも知られる。
![]()