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●ラサ条約 ラサじょうやく

ヨーロッパ 英国 AD1904 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1904年,イギリス−チベット間に結ばれた条約。1903年,英印総督カーゾンはヤングハズバンド大佐を団長とする武装使節団を派遣してラサを占領,親ロシアに傾いていたダライ政権を威嚇して条約を締結した。その内容は,チベット−シッキム間の国境確定,ギャンツェガントク・ヤトンでの通商解放のほか,(1)領土の譲渡・売却・租借,(2)外国によるチベット内政への干渉,外国代表団の受け入れ,(3)外国への鉄道・鉱山・電信などの利権の供与,などにはイギリスの同意を必要とするという項目を含み,チベットを事実上イギリスの保護国化するものであった。これによって清国のチベットに対する宗主権は無視され,1906年(光緒32),清は「チベットに関する条約」でラサ条約を追認させられた。イギリスの対チベット特権は1907年(光緒33)の英露協商で一応否定されたが,宗王権問題は未解決のままとなり,その後,中国のチベット政策上大きな障害となった。