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●ラクスマン

NIS諸国 ロシア連邦 AD1766 ロシア帝国

 1766〜1803前没 ロシア最初の遣日使節・陸軍大尉。フィンランド出身の博物学者でロシア学士院正会員エリク=ラクスマン(1737〜96)の次男。父ラクスマン教授は学術調査のため1764年(明和1)からイルクーツクに滞在中,伊勢漂流民大黒屋光太夫一行と知り合い,日本漂流民の帰国に尽力した。光太夫らは露都ペテルブルクで女帝エカチェリーナ2世と謁見,ラクスマン教授の次男アダムを遣日大使に任命し,光太夫・磯吉・小市の3名を1792年(寛政4)10月に根室へ護送した。使節ラクスマン中尉(当時26歳)は,11代将軍徳川家斉(いえなり)の老中松平定信(楽翁公)が派遣した宣諭使,石川忠房(ただふさ)・村上忠礼(ただのり)と松前で会談し,「信牌」(しんぱい,長崎入港許可証)を受け取り,今後は長崎へ入港することを約し,漂流民2名(小市は病死)を引き渡して1793年8月,箱館から帰帆した。ラクスマンの『日本渡航日誌』(露文,1792〜94)は,貴重な史料として現存する。根室を中心に蒐集した魚双類・海藻類・昆虫・高山植物などの標本は,ソ連科学アカデミヤ博物館(レニングラード)に保存されている。