50音順    検 索

●ラウレル

アジア フィリピン共和国 AD1891 

 1891〜1959 フィリピンの政治家。1915年フィリピン大学卒業後渡米,イエール大学に留学して1920年学位取得。帰国後フィリピン政府の行政部・立法部・司法部の要職を歴任する一方で,日本企業を相手とする弁護士としても活躍した。日本の有力者とのあいだに交際があり,また子息を留学させるなど親日派でもあったため,1943年日本軍占領下のフィリピン共和国大統領に指名された。彼は日本の中央集権的な政治制度や国家主義的な教育制度を見習うことによって,フィリピンの自立と国家的統一を確立しようとした。占領解除後,対日協力者として叛逆罪に問われたが,1948年ロハス大統領の特赦によって政界に復帰。翌1949年ナショナリスタ党から大統領選挙に立候補したが,自由党のキリノに敗北した。1951年上院議員に当選。その後もマグサイサイ大統領擁立を支援したり,1955年には貿易使節団の団長として訪米するなどの活発な活動をつづけた。