●ラヴィス
ヨーロッパ フランス共和国 AD1842 七月王政
1842〜1922 フランスの歴史家。ヌヴィオン=アン=ティェラシュ生まれ。1868年ナポレオン3世文部大臣秘書。皇太子ピエール教育係。普仏戦争敗北後,1873年ベルリン留学,1878年母校エコール=ノルマール(高等師範学校)講師。ドイツ教育制度の影響下に,フランスの教育制度改革を主張。1883年ソルボンヌ大学歴史学助教授,1888年教授。1892年アカデミー=フランセーズ会員。1896年法・医・文・自然科学など各専門学校を一つの総合大学に統合する法制定に寄与。1904〜19年エコル=ノルマル校長。歴史家ランボーとの共著『世界史12巻』(1893〜1901)はスタンダードな世界史としてよく読まれた。『フランス史――その起源より革命まで』9巻(1900〜11)・『フランス現代史――革命より1919年まで』10巻(1920〜22)を編集・監修。『プロイセン史研究』(1879)・『フリードリヒ大王の青年時代』(1891)などドイツ史に関するものが多い。「パリ評論」の編集にも参加した。
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