●寄り物 よりもの
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海浜には木材・海草・魚介類その他さまざまな物が打ち寄せられる。海辺の人々はこれを総称して寄り物と言った。また打ち寄せられる物によってそれぞれ「寄」を冠し,寄木・寄藻・寄鯨・寄船などと呼ぶ。とくに荒天の翌日は寄り物が多く,人々は競って拾いに行った。寄船など特別を除く普通の寄り物は,最初の発見者の所有に帰すが,拾得物が大量の場合は村と拾得者との配分率を決めている所もある。漂着した難波船は寄船と言い,中世以来の慣習で,船中に乗組員が残っていない場合その船や積荷の占有は許されず,村の社寺の造営費に充てられた。津や問屋制が発達する以前,地理の知識に乏しく海上交通の未発達な時代にあっては,不定期に入港する船なども一種の寄り物と考えられたらしい。ときに流れ仏を拾うと漁があるとしてその霊を御霊神として祀ることも行われた。これは海村の人々に見られる漂着神信仰に基づくものであろう。