●黄泉国 よみのくに
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日本神話に見える死者の国の名称。地下にあると伝えられ,神も人も死ぬと行かねばならぬ国と信じられたらしい。後世の仏教の地獄や沖縄の後生などに通じるものらしいが,因果応報の場ではなくすべての者が行く暗黒で汚穢な国であった。その点は古代バビロニアの死者の国と似ている。洞穴を通じて入る国であったことは,『出雲国風土記』出雲郡の条に見える脳(なずき)の磯にある「黄泉の坂・黄泉の穴」と名づける海岸洞穴(平田市猪目洞窟)は,夢にこの窟に至る者は必ず死ぬとの伝えがあったことでもわかる。夢は霊魂の放浪だと考えられていたから,その霊魂が窟の入口まで来たなら,黄泉国に落ち込んで帰れないと考えられたのであろう。この黄泉国の描写は,『古事記』および『日本書紀』の伊邪那岐・伊邪那美(伊弉諾・伊弉冉)二神の黄泉国下りの物語に見える。前者によれば,昔,この二神が国生みと神生みを終えた後,最後に火の神を生んだが,そのため女神は陰部(ほと)を火傷し死んでしまった。夫の神は妻の死体のまわりを這いまわって悲しんだが遂にその跡を追って黄泉の国に下った。妻に会って一緒に地上に戻ろうと申し入れたが,女神は夫に対し,「私はすでに黄泉戸喫(黄泉国のカマドで炊いた食物を食べること)をした身だから」と断わるが,なお折角の入来だからと,「黄泉神と相談してみます」と言い,奥に入った。なかなか出て来ないので,待ちかねて妻の戒めを犯して,櫛に火をともして中を覗き見たところ,伊邪那美は暗い部屋の中で死体と化して居り,ウジがたかりうみが満ちていた。死体には八種の雷神が誕生していた。男神は驚き恐れ逃げ出すが,女神はその薄情と違約を怒って「自分に恥をかかせた」と言いつつ,黄泉醜女(一種の鬼女)を遣わして追わせる。男神は黒御鬘を投げるとこれがぶどうに化し,櫛を投げると竹の子と化すので,醜女がこれらを食べている間に逃げ出す。次に女神は八雷神および黄泉軍に追跡させるが,黄泉平坂の麓で,桃の木から桃の実を三つ取ってこれで打ち追い返す。ついに女神自ら追い来るが,男神は大岩で坂を塞ぎ向かい合って絶縁を宣した。女神が「私は毎日貴方の国の人を千人ずつ殺そう」と言ったのに対し,男神は「では私は毎日千五百人の産屋を立てよう」と言ったといい,それにより葦原中国(現世)では,日に1,000人死んで1,500人生まれるのだという。『日本書紀』では,本文にはその話はなく,一書の伝えに色々な形の異伝がある。二神の会見の場所が黄泉ではなく,死体を仮に置く殯斂の処であったという伝えや,また最後の桃の話がなく大樹に向かって尿(いばり)をすると大川と化して,泉津日狭女(よもつひさめ)の追跡を阻んだ話や,また黄泉平坂で伊邪那岐が杖を投げ,これが岐神と化し,また帯・衣・褌・履を投げ,これらが色々な道祖神や病気の神となったという伝えなどもある。この物語は極めて複雑な要素から成り立つ。黄泉戸喫(よもつへぐい)は,ギリシアのペルセフォネの神話にも見るように世界的な話根である。『日本霊異記』の智光という法師の話にも見える。櫛に火をともして覗き見る話はこの国が暗黒の国であることを表している。追跡と投擲の話は,三枚のお札の昔話と同じ型の呪術逃走譚であり世界に広く分布している。二神の黄泉平坂での問答の話は,ニュージーランドの神話で,冥府の女神となったヒネと夫のタネとの間にかわされた問答の話と類似しており,南海とのつながりを示唆するものがある。見るなの禁を破って覗き見,妻の正体を見たために破綻となるという話は,豊玉姫の神話にも見え,その話根が黄泉国の観想が陰惨化するに伴い,暗い部屋の中で醜い死体を見るという話と変わってしまったのであろう。『古事記』の大国主の赴いた根の国は,やはり黄泉平坂があるから黄泉国の別名であろうが,ここでは全く現世とは変わらぬ国となっていて陰惨性はない。この方が素朴な形であろう。『延喜式』の道饗祭祝祠では,悪霊疫鬼の住む根国底国というのが見え,禍事の根源地とされ黄泉国の別称らしい。『古事記』では,伊弉諾が黄泉大神(よもつおおかみ)とされ,その国の支配者とされているようである。黄泉平坂は,古代人の世界観で,山や峠のかなたに神霊・死霊の国の存在を信じその入口である坂を幽冥界への堺だと観ずる信仰から来ており,伊弉諾が平坂で色々な衣類・装身具を投げそれが道祖神・疫神に化したという話は,坂の道祖神にそうした衣類を供えて旅の安全を祈った古俗から出ている。なお黄泉国の暗い描写と古墳の構造との関連を論じる学者も考古学者には多い。〔参考文献〕松村武雄『日本神話の研究』第2巻,1955,培風館
松前健『日本神話の新研究』1960,桜楓社