●ヨーマン
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封建社会の崩壊期に現れ,資本主義の確立とともに姿を消した,イギリスの中産的自営農民。【ヨーマン層の形成】ヨーマンの語義は時期により必ずしも一定せず,初めは国王・貴族・領主などの従者をさす言葉であったが,14世紀以後,農奴制の解体の進展につれて,地主(ジェントリ)と小農民との中間に位置する農民の身分を示す言葉として使用されるようになった。すなわち,農民の反封建闘争・黒死病による人口減少・ことに地代の金納化などの結果,農奴制は14世紀中に大幅に崩れ,15世紀には,封建農民はまず経済的にやがて身分上も独立性を強め,領主権から実質的に解放されその上層に独立自営農民階層が形成された。そのとき農民層の中核部分をなしたのが,農奴制下でも一般の農奴とは異なり僅少の貨幣地代を負担するにすぎない身分上自由な自由保有農(フリー=ホールダー)で,ヨーマンは,法津上あるいは狭義には,自由な土地から40シリング以上の年収を上げ得る自由保有農をさしていた。しかし,自由保有農だけでなく,かつての一般の農奴も,16世紀には慣習保有農(カストマリ=テナント)や騰本保有農(コピー=ホールダー)と呼ばれるように相対的に土地保有における安定性を高め,そのような農民のなかからも自由保有農に劣らず富裕化する者もあり,16世紀には彼らをも加えて,土地保有形態のいかんを問わず,主として自家労働に依拠し僅少の貨幣地代のみを負担する富裕で実質的に自由な農民一般が,またヨーマンと呼ばれるようになった(広義のヨーマン)。
【階層分解と消滅】ところがこのような中間的な農民階層は過渡的な性格をもち,形成されるかたわらで階層分解していく過程をたどることになる。すなわち,16世紀になって資本主義的生産がいっそう進むと,ヨーマンのなかから,領主直営地を定期借地したり小農民の土地を集積したりして,一部賃労働を雇用して経営する資本家的借地農や,農村工業として発展を続ける毛織物工業に進出したマニュファクチュア経営主,また毛織物工業に原料を供給する牧羊経営者などが輩出し,さらにその一部は紋章を得てジェントリに経上るものもあった。その反面においては,ヨーマンの下層部分には,このような初期資本家からの圧力だけでなく上からの資本主義化を図ろうとする領主からの新たな攻勢もあり,無保有化し賃金労働者化するものが続出した。このような上下への階層分解はヨーマン層の成立頭初から始まったが,この過程は,まず,政府もこれを禁止しながら実効を上げ得なかった16世紀の第一次エンクロージャーによって決定的に促進され,その後も分解現象は阻止されることなく時とともに進展し,17世紀の市民革命時にはヨーマンは議会軍の大きな支えとなった後,一部のものは18世紀を農村工業の兼営で生きのびたが,それも産業革命期への接近とともにその存在を脅かされ,ついに第二次エンクロージャーの大波のなかに階層としてはほぼ姿を消し去った。こうしてヨーマンは,封建制の解体期に発生しその階層分解を通して資本主義の形成を可能ならしめ,そして資本主義の確立とともに消滅した農民層の過渡的で運命的な存在形態であった。
〔参考文献〕戸谷敏之『イギリス・ヨーマンの研究』1952,御茶の水書房