●吉野山 よしのやま
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奈良県吉野郡吉野町と黒滝村・川上村の境に位置する青根ケ峯(857.9m)から西北に続く尾根の総称。吉野川の左岸にある。源義経や南朝史跡で知られ,桜の名所としても全国的に著名な名勝で1936年(昭和11)以降吉野熊野国立公園に属する。山頂には金峯山修験本宗の総本山金峯山寺蔵王堂・竹林院・桜本坊・喜蔵院・東南院・金峯神社などの修験道寺院・神社や,吉野神宮・吉野宮跡・吉水神社・水分神社・如意輪寺・御醍醐天皇陵・村上義光の墓など南朝ゆかりの著名な建築物が多く,そのほか日雄離宮跡・世尊寺跡・西行庵などがある。吉野山の桜は下・中・上・奥の4カ所に分かれて密集し,いずれも一目千木と言われるほどに数が多い。古来蔵王権現の神木という信仰に基づくと伝えられ,金峯山寺参詣の信者の寄進献木によってその数を増したことは,1553年(天文22)3月5日に来山した三条西公条(実隆)の『吉野詣記』に〈あたりをみれば立願にて花の木どもうへてまいらせけるよし申せしに〉と見えている。吉野山と桜が結びついたのは平安中期ごろからと言われ,吉野の桜を詠んだ歌は『古今集』の紀友則の〈みよし野の山べにさけるさくら花 雪かとのみぞあやまたれける〉という歌が早い。その後勅撰集に歌の数が増加し,鎌倉時代以降に多くなるが,これは金峯山の蔵王権現信仰の高まりと並行して桜も有名になったのであろう。僧西行(俗名佐藤義清)を初めとして,吉野山に花を賞して詩文を記した歌人の数は枚挙にいとまがない。品種はそのほとんどが白山桜で,ほぼ全山咲きそろう春4月中旬ごろの吉野山の雄大な風景は他では見られないものである。〔参考文献〕堀井甚一郎他編『吉野町史』上・下,1972,吉野町発行
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