●吉田東伍 よしだとうご
アジア 日本 AD1864 江戸時代
1864〜1918(元治1〜大正7)明治時代の歴史地理学着。新潟生まれ。旗野木七の三男,吉田家へ養子。小学校教員や北海道庁書記をしながら独学で研究者となる。「田口卯吉『史海』一史論」を読売新聞に投稿,1893年(明治26)『日韓古史断』を出す。『大日本地名辞書』を編さんし文学博士号を受け,人文地理学会を主宰し,能楽の研究で『世阿弥十六部集』の編さんなどをする。その著『徳川政教考』(1894),『維新史八講』(1910)などを公刊したが,いずれもイデオロギー的論断をさけ民衆や一揆の力を評価,薩長維新史よりの離脱を求め続け地誌と歴史との関連をさぐる。市島謙吉と近くそのため早稲田大学の講筵にのぼる。しかし反骨の在野精神に生きた人であった。『倒叙日本史』全11巻(1913〜1914)は現代より溯源した史書であり社会経済史をひき出す仕事でもあった。『日本歴史地理之研究』(1923)も歴史地理学的方法を提示している。その点からもアカデミズムの外に立つ史家と言える。