●吉田茂 よしだしげる
アジア 日本 AD1878 明治時代
1878〜1967(明治11〜昭和42)現代の外交官・政治家。東京帝大法科大卒後外務省に入省。奉天総領事・外務次官・イギリス大使を歴任。戦後は東久邇宮・幣原両内閣で外相を務めた後,1946年5月第一次吉田内閣を組閣。その後再び1948年10月から1954年12月まで五次にわたって内閣を組閣。この間1946年11月に日本国憲法の制定を公布し,1951年9月にはサンフランシスコ講和条約に調印して日本の占領を終結させた。総司令部の指令する戦後改革に消極的な姿勢を見せ不信感を買ったが,戦前から英米両国との協調を重視し,対日講和の締結に際してもソ連の参加しない多数講和を辞さない方針を早くからとった。日米安保条約の締結に加えてアメリカ側の再軍備や中国との断交要求に屈せざるを得なかったものの,戦後の外交方針として経済復興を優先する経済外交を定着させた。また池田勇人や佐藤栄作など高級官僚出身の新しいタイプの保守政治家を育てた。〔参考文献〕高坂正?『宰相 吉田茂』1966,中央公論社
猪木正道『評伝 吉田茂』全3巻,1981,読売新聞社
ジョン・ダワー『吉田茂とその時代』全2巻,1981,TBSブリタニカ
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