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●吉田兼好 よしだけんこう

AD1283 

 1283?〜1350?(弘安6?〜正平5?)ころ鎌倉・南北朝時代の歌人・随筆家。本名卜部兼好(うらべかねよし)。京都吉田神社の神官兼顕(かねあき)の三男として生まれる。後宇多院に仕え,佐兵衛尉(さひょうえのじょう)に任ぜられたが院の崩御後出家する。俗名を音読して「けんこう」とした。比叡山の横川にこもったり関東に下向したりしたが,晩年は仁和寺に近い雙岡(ならびがおか)に住み隠者として生涯を送った。博学多識で仏教・老荘・儒教・有職故実の学に長じ,歌人としても頓阿(とんあ)・浄弁(じょうべん)・慶運(けいうん)とともに「和歌四天皇」と呼ばれた。随筆『徒然草』を初め家集に『兼好法師集』がある。1350年(正平5)ごろ没したと言われるが定かでなく,1353年(正平8)とも言われる。

〔参考文献〕藤原正義『兼好とその周辺』1970,桜楓社

西尾実『つれづれ草文学の世界』1981,法政大学出版局