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●与謝野鉄幹 よさのてっかん

アジア 日本 AD1873 明治時代

 1873〜1935(明治6〜昭和10)歌人・詩人,本名寛(ひろし)。京都岡崎の寺に生まれ,古典・漢籍の教養を積み得度もしたが,1892年(明治25)上京,落合直文の門に入り浅香社創設にかかわった。「二六新報」記者となり,同紙に『亡国の音』(1894)を発表,御歌所の歌風を批判して短歌革新の口火を切った。翌年,京城に日本語教師として赴任,以後,数回渡韓し,国士的な心情を〈虎剣流〉と言われる歌風で歌い,詩歌集『東西南北』(1896),『天地玄黄』(1897)を相次いで刊行。1899年(明治32)11月,東京新詩社を設立,翌年4月,機関誌「明星」を創刊,のち妻となる鳳晶子を初め,山川登美子・石川啄木北原白秋らを育成,浪漫主義運動を展開した功績は大きく,自らも浪漫的な詩歌集『紫』(1901)などを刊行した。明治末期から外遊,第二次「明星」も創刊(1921)している。

〔参考文献〕逸見久美『評伝与謝野鉄幹晶子』1975,八木書店

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