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●沃沮 よくそ

アジア アジア AD 

 朝鮮半島の東北部,現咸鏡道方面に居住した古代種族の名称および古地名。漢の武帝が,前109年衛氏朝鮮を討滅して朝鮮四郡を設置したとき,沃沮には玄菟郡が置かれ,沃沮城(現咸興に比定)には玄菟郡治が置かれた。玄菟郡が前75年中国東北に西遷されると沃沮県は楽浪郡に所属せしめられ,領東七県の一つとして東部県尉の管轄下に入る。後漢光武帝時代になると直轄支配は廃せられ,各首長に県侯などの官爵が与えられ間接支配に切り換えられた。その後,高句麗の勢力が伸びてくると支配下に入った。三国の魏の244年(正始5)幽州刺史母丘倹の高句麗侵攻で国王位宮は沃沮の地へ逃亡,これを逐う玄菟太守の軍がこの地を占領,その後再び魏の版図に入る。沃沮は南北に分裂するが,南沃沮(東沃沮とも言う)は咸興地方に居住し,北沃沮は咸鏡北道方面にいた。