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●余暇 よか

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 余暇は英語でレジャー,仏語でロアジールということばで表現され,「仕事から解放され,自分の自由になる時間」と定義される。

【余暇の概念】レジャーの概念は古く,古代ギリシア・ローマ時代にさかのぼる。哲学者アリストテレスは,戦争に明け暮れていたスパルタを例に挙げて,〈スパルタの失敗は,戦争が終わったあとの平和な時間を,次の戦争の準備に費してしまったことである〉と述べている。そして,戦争は,本来,平和を求めて行うものであり,その平和は「レジャー」の前提にあるものだと考えていた。古代ギリシアでは「レジャー」をスコレーといっており,スコラ哲学の「スコラ」ということばも語源は同じものである。また,古代ローマでは「レジャー」をオシウムといい,中休み・やめるを意味していた。そして,それから転じて,平和・静けさという意味に使用されるようになった。なお,スクール(学校)の語源も「スコレー」と同様である。また,スカラー(学者)も,語源の上から同じ系統にある。「レジャー」の否定形は,アンレジャーであり,古代ギリシアでは,「スコレー」の否定形をアスコリアと言い,古代ローマでは,「オシウム」の否定形をネゴシウムと呼んでいた。つまり,「レジャー」の欠如した精神の状態を指していて,忙しい,占有されている状態を意味していた。そして,その名詞形が職業,ビジネスである。アリストテレスは,人生について〈われわれはレジャーをもつために,レジャーなし(アンレジャー)である〉と述べている。つまり人生にとって,「レジャー」が目的でビジネスはその手段というわけである。そして仕事をよりよくするために,娯楽,ギリシア語でパイデイア・レクリエーション,ギリシア語でアナパウシスが仕事の下位に位置づけされている。娯楽やレクリエーションはよりよく仕事をするための手段にすぎず,その仕事は,自己開発や真理・自己理解を追求する「レジャー」のための手段であって,「レジャー」こそが目的そのものであると規定している。以上見たアリストテレスのレジャー概念は古典的概念ではあるが,現在,この概念を積極的に評価しようという強い気運もある。その代表的学者が,ヨゼフ=ピーパー,セバスチャン=デ=グラージャである。

【社会学と余暇】「レジャー」について,社会学のさまざまな学者がそれぞれの観点から考察を行っている。早くは19世紀の末,ソースタイン=ヴェブレンは,『有閑階級の理論』(1889年)を著し,社会の発展に応じて発生した一部の特権階級が,経済的な余剰によって直接生産の場から離れ,「レジャー・クラス」を形成する過程について研究を行っている。私有財産制の始まりとともに,個人的に富をもつ階層が,その豊かな経済力を背景に特別の階級を形成し始めしだいに支配階級となっていった。それが有閑階級の出現する契機である。20世紀に入ると,デビット=リースマンは,『孤独な群衆』(1950)『何のための豊かさ』(1964)の中で,“レジャー”の創造的な活動を通じて,人生の意義を見出すことが可能であると提起している。ヨハン=ホイジンガの,『ホモ・ルーデンス』(1938)は,「遊び」をとらえて文化における「遊び」の重要性を説いている。この『ホモ・ルーデンス』の影響を受けて,ロジェ=カイヨワは,『遊びと人間』(1958)を著し,「遊び」について社会学的な考察を行った。20世紀半ばを過ぎ,ジョルジュ=フリードマンは,『細分化された労働』(1956)の中で,労働により疎外された人びとが「レジャー」に助けを求めるものの,「商業化されたレジャー」そのものによって再び疎外されていく状況を述べている。「レジャー」を社会学的に初めてとらえたのが,ジョフレ=デュマズディエであり,彼の著した『余暇文明に向って』(1962)は,「レジャー」の三つの大きな機能,(1)休息,(2)気晴らし,(3)自己開発について,今日的な視点で問題提起をしており,〈レジャーとは,個人が職場や家庭,社会から課せられた義務から解放されたときに,休息のため,気晴らしのため,あるいは,利得とは無関係な知識や能力の養成,自発的な社会的参加,自由な創造力を発揮するために,まったく随意に行う活動の総体である〉と述べている。また,わが国における「余暇」に関する研究はかなり早くから行われており,大正時代に権田保之助が「民衆娯楽」について多くの研究を残している。公的な研究の成果としては,1923年(大正12),大阪市の社会部が『余暇生活の研究』という調査報告を行っている。

【文化とレジャー】アリストテレスが,〈われわれはレジャーをもつために,レジャーなしである〉と述べているが,これを現代に当てはめて言い換えると,〈われわれは文化的生活を享受する基盤をつくるために働く〉ということになる。戦後,産業化が高度に進展していく過程の中で,人びとの生活における文化的側面は隅に追いやられ,ともすれば〈働くために生きている〉かのように錯覚してしまいそうな状況のなかにあった。本来,労働はよりよく生きるための手段にすぎず,決して目的となり得ないものであり,働くことによって文化的生活を楽しむということであった。現代においてはこうした考えかたがいっそう重要な意味をもっている。またスポーツを例にとると,「見るスポーツ」から「自らするスポーツ」に変わったように,教養や芸術・学問の領域において,それらを職業とする人たちとほとんど差がない程度まで達している者も少なくない状況にある。それは文化全般にわたり人びとの関心が高まってきた結果であり,今後「レジャー」の様態も大きく変わっていくものと思われる。このような変化は,消費者である一般大衆の自由時間あるいはレジャー時間がこれまで以上に長くなる一方,「レジャー」の内容が「所得消費型」から「時間消費型」に変化した結果であり,それが生活全体・ライフ=スタイル全体の変化に結びついた結果である。戦後のライフ=スタイルの変化を所得水準からとらえてみると,〈衣・食・住〉のうち〈衣・食〉に関連する支出といった生理的欲求については,満足すべき水準がそう高くないことからある程度の線で収まると予想される。また,〈住〉に関するもの,あるいは耐久消費材に代表される身の周りの生活環境に対する物質的欲求は,生理的欲求より強くなるのが一般的であるが,それもやがて落ち着いてくる性質のものである。その後,消費され尽くされない余剰の所得は文化・教養・旅・スポーツといったレジャー消費に費され,それらを通じて自己開発・自己実現を果たしたいという欲求が最高位置に占めることになる。

 このように人びとの欲求は“モノ”から人間の幸福の追求へと変化するものであり,それは“生活の質”を高めようとする姿勢に他ならない。そしてこの個人レベルにおける“生活の質”の集積が,その国の文化基盤を築くことになろう。

【高度成長と余暇】「レジャー」が,わが国において一般的になったのは1960年代に入ってからであり,日本経済が高度成長を展開していた時期である。史上まれに見る経済成長とともに国民の所得はしだいに増加し,1960年代には社会・文化・生活のあらゆる局面において国民生活は一変した。また,戦後アメリカから導入されたオートメーションを代表とする技術革新を通じて,1950年代後半から大量生産・大量消費という大衆消費社会が出現した。一方,テレビ・ラジオ・週刊誌などのマスコミは,新しいレジャー・風俗・生活をマス=メディアを通じていち早く一般大衆に提示した。これらの大量の情報は,瞬時に日本全国へ送られることになり,人びとの生活に対する意識あるいは「生活」そのものを標準化していった。また,その情報は一般大衆の“モノ”に対する欲望をかき立てると同時に,新しい「生活」や「レジャー」に対する欲求をますます増加させることになった。しかし,「レジャー」の本質を理解していない大衆は,増加した自由時間についての指針をもたず,結局,娯楽を提供する「資本」の一貫した管理の中で,「レジャー活動」を行うことになった。つまり,高度経済成長を通じて余剰となった資本は,いわゆる「レジャー産業」に進出することになり大資本主導によるレジャー開発が行われた。大衆は,その管理された枠組みの中で「所得」のみならず,「時間」も消費する結果になった。これまで,産業における技術革新によって大衆は労働から解放され,生活における自由時間も増大し新しい有閑な大衆が形成されるというビジョン・シナリオが次々と提起され,ある程度実現された。しかし,わが国の労働者の現状は,依然として欧米諸国より遅れた状況にあり,所得の向上に加え労働時間の短縮・自由時間の増大に向けて,今一歩努力する必要がある。

【人生80年時代と余暇】厚生省の人口問題研究所の調査によると,1985年には男性の平均寿命は75歳,女性は80歳になるとのことである。また,昭和59年版厚生白書は,「人生80年時代の生活と健康を考える」と題して,人生80年時代の到来に対応し個人・家庭・地域において,自立自助に立脚した生涯設計が必要であると強調している。1947年(昭和22)当時,欧米先進国より15年も下回っていた,わが国の平均寿命は,戦後から現在までの間に25歳ほど延びたことになり,80歳の年齢を迎えることができる割合も男性は41%,女性については61%に増加した。また,平均寿命から生涯にわたる生活時間を計算すると,男性の生涯生活時間は約65万時間,女性は約70万時間にもなる。これらの時間のうち,労働時間が占めている割合は,計算上約10%に過ぎない。そして,自分自身の裁量で使うことができる自由時間は約30%になる。つまり人生の約三分の一が“余暇・レジャー時間”に当たる。この時間の使い方いかんにより,人生の価値が決定されると言っても過言ではない。一般的に呼ばれる人生は,幼稚園・小学校・中学校・高校・大学といった「教育期」,その後,企業に就職して勤労者として定年に至るまで,働き続ける「労働期」,定年を迎えた後の「隠退期」というように“直線的な人生”である。しかし今後は,経済の発展とそれに伴う自由時間の増大・所得の増加によって,人びとの生きかた・ライフ=スタイルは大きく変化すると予想される。このような状況においては,従来からの“直線的な人生”における時間配分から,教育期−労働期−隠退期が,順次くり返されるような“循環的な時間配分”になると思われる。このような考え方は,OECD の CERI(教育研究革新センター)の報告にあるリカレント教育を参考にして,今後,十分に検討した上で実施していくことが社会的見地から必要である。この“循環的時間配分”について,フレッド=ベストは次に挙げる効果があると述べている。(1)失業とワーク=シェアリング。失業対策のために,賃上げ分を労働時間の短縮の形で獲得することによって,失業者に労働の機会を与えることが可能である。(2)労働生活の質の改善,労働とレジャーのバランスがよくなり,労働の質を改善することができる。(3)学校と労働の交流。(4)生涯学習と再教育,などの諸効果が得られる。

 以上のことから,今後の脱工業化社会においては,これまでの“直線的時間配分”よりも“循環的時間配分”がより適していると思われ,「生涯学習」へ向けて検討に価する。

【労働と余暇】国民生活白書によると,昭和40年(1965)代前半ごろまで,企業の大部分は,週休1日制を採用していたが,昭和40年代後半になると,週休2日制が急速に普及するようになったと述べている。そして,1982年(昭和57)には,週休2日制を実施する企業が全体の半分にも増え,労働者の数では,75%を占めるほどに至っている。また,労働と賃金の関係についても労働者の意識に変化が生じつつある。それは,長く働いて収入が増えることよりも,労働時間がより短くなることを望む割合がしだいに増えていることである。これまでの“仕事一筋”“生活時間を犠牲にして働くことが美徳”という考え方から,趣味を生かした「余暇」を重視する生活を望む傾向が強くなってきている。つまり,各人が自分にあった生活,あるいは自分を大切にした生き方をしたいという欲求が強くなってきたことがうかがえる。自分の意思で自由に使うことが可能な自由時間に関する統計では,平日で,1965年(昭和40)の5時間56分から,1980年(昭和55)の6時間37分へと41分増加したとの調査報告がある。人間の生活を,生活時間から大別すると,まず第一に「労働時間」,次に,睡眠など「生理的に必要な時間」,残りが「レジャー時間」という三つの分類が可能である。今後ますます重要となる「レジャー時間」は,生活時間から社会的・生理的に必要とされる拘束時間を差し引いた時間であり,人間が自由に選択することによりさまざまに変化する“非拘束的な時間”,すなわち“自由裁量時間”と呼ぶことができる性質のものである。したがって,これらの時間をどのように使うかによってその意味は大きく変化する。またすでに述べたように,自由時間は,今後増大する傾向にある。その理由は,1日の労働時間の短縮・週間労働時間の短縮・年間の休日数の増加が将来にわたり進んでいくものと予想されるからである。わが国の労働者は,これまで労働時間の短縮よりも賃上げの方により強い関心をもっていたため,労働時間の短縮の実現が他の先進国に比べ遅れをとっていたが,今後,経済が安定成長路線を歩む方向にあり賃上げを求めにくくなっていることと,文化的・精神的な自己実現を求める声が強くなることから,自由時間を求めるすなわち労働時間の短縮化の傾向に進むと予想される。この自由時間についての認識の遅れが,ただ時間を消費するだけの生活行動に陥りやすくしていた。「レジャー活動」においても,ゴロ寝から,ボーリング,さらにゴルフへと単純で,しかも“金銭消費型レジャー”になりがちであった。今後は,労働時間の短縮によって生ずる自由時間を,読書・スポーツ・音楽・旅といった「レジャー」にふり向けるだけでなく,〈衣・食・住〉を含む生活領域にも配分されると予想される。つまり,あらゆる生活の活動の場に“自由裁量時間”が配分され,生活全体が“レジャー化”する傾向にあると言える。

〔参考文献〕松田義幸『現代余暇の社会学』1981,誠文堂新光社

『質の時代』1980,三笠書房

加藤秀俊『余暇の社会学』1984,PHP