50音順    検 索

●養老の滝 ようろうのたき

アジア 日本 AD 

 孝子が酒泉を発見するという伝説。酒泉の伝説は古く,『播磨国風土記』印南郡の条に,景行天皇の時同地の酒山に酒泉が沸きよってこの名を付けたとあり,また『今昔物語集』巻31にも,大峯を通った僧が酒泉郷に迷い込んだとある。『十訓抄』第6によれば,元正天皇のとき美濃の国に一賤夫あり,山の草木を採って酒好きの父を養っていたが,あるとき山中に酒の出る石を発見し日々汲んで父に与えた。帝これを聞き行幸・叡覧あり孝子は徳によって美濃守に任ぜられた。また酒泉は「養老の滝」と名付けられ,年号も「養老」と改元されたという。『古今著聞集』の所伝もまたこれに等しい。『養老寺縁起』にはこの孝子の名が源丞内とある。同様の孝子譚は横浜市の酒池・鹿児島県出水市(旧出水郡大川内村)の酒泉の里の由来としても伝わっている。一方,父が飲んだら酒,子が飲んだら水であったとする話も多く,「子は清水」の伝説として知られる。これは「強清水」と称した名水の意であろうが一般に孝子譚は付随していない。また「だんぶり長者」のように酒泉を発見して長者となった話もあるがこれは酒が黄金と同じく人に至福をもたらすという観想に由来するものであろう。柳田国男は,この泉は古代に尸童(しどう)をたて,神の祭りを営んだ霊場の跡で,とくにこの清水を用いて神に神酒を醸(かも)す習わしがあったことから,このような伝説が生まれたと考えている。