●ようれんし 遙輦氏
アジア モンゴル国 AD
遙輦氏は従来,耶律氏が勃興する以前の契丹世襲王家で遼の太祖耶律阿保機は遙輦の痕徳菫可汗から宗主権を禅譲されたと考えられてきた。これに対し遙輦氏は8世紀初め,部族的統一を達成し唐王朝の支配を脱した契丹族が自から称した称号と見る愛宕松男氏の有力説がある。すなわち,4世紀以来,中国史籍にその活動が伝えられる契丹族は唐王朝の覊縻州に組み込まれたことによって,唐王朝の支配を認め,その権力組織の中に自らを位置づけてゆこうとする勢力が台頭した。これを“扈従者キタイ”大賀氏と称した。一方,部族的な自覚にめざめ,契丹族の独立を追求する勢力は“独立キタイ”遙輦氏を自称した。独立を求める契丹部族長李尽忠の指導する697年の大反乱を転期に,やがて遙輦氏勢力が大賀氏勢力を圧倒し契丹の部族的統一を達成したと言う。〔参考文献〕愛宕松男『契円古代史の研究』1959,東洋史研究会