●洋風建築 ようふうけんちく
アジア 日本 AD
日本へ移入された欧米の建築様式。19世紀の日本開国以来,文明開化の風潮にのってさかんに輸入されている。和風に対して欧米風の意である。とくに開港地を中心として居留地に建てられ外人住宅や宣教師館・教会などが造られ外人が設計監督をした。イギリス・アメリカ・ドイツ・フランス・イタリアの諸国で行われた様式は,多少ずれて無差別に導入された。とくに外人用旅館(ホテル)・商館・応待用の建物としてつくられ,煉瓦・ガラス・セメントなどの資材も外国から舶載された。遠くはスコットランドから運んだことさえあった。イギリス人ウオートルス,大坂造幣局のコルドン設計のニコライ堂・上野博物館・鹿鳴館などはその中でも名高いものであり,フランス人のボアンヴィルらが外務省本庁舎などの設計に招かれている。これがほとんど明治4年ごろより10年代において造られている。日本人でも早くから外国の建築技術を身につけた林忠恕のごとき人がいる。また数多くの洋風建築をつくった清水喜助がいる。彼は模倣のみでなく自ら設計している。2代清水喜助は第一国立銀行などのような和洋折衷式のものをつくりあげた。明治中期ごろより日本人の手で本格化されるに至る。明治20年代にはドイツより人が入って来ている。コンドルに師事した辰野金吾は日本銀行本店・東京駅などの名作をつくっている。明治の外人設計のものは煉瓦造りであったが地震国日本をあまり考慮しないつくり方だったため震災の被害を大きくした。そして耐震式にかえたのは日本人であり,鉄のあり方とかかわって進歩させている。
![]()