●遙任 ようにん
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遙授とも言い,奈良・平安時代における国司の形態の一つ。受領(ずりょう)が直接任地に赴き国務に当たるのに対し,遙任国司の場合は任国に下向せずしかもその得分は取得した。律令制下,国司はあくまで任国に赴き,四等官連帯で職務に当たるはずであったが,天平年間ごろから員外国司として定数外の国司が出現し,さらに766年(天平神護2),それら員外国司の赴任が禁止されると公然たる遙任となった。次いで正官ではない兼任の国司も続出しそこにやはり?任が増加した。ただし,自らの義務を放棄して任国に赴かなかった場合の他,参議などの京官と兼任しているため遙任となる場合もある。平安時代にはこの遙任国司が急速に増加した。それは国司の職掌が得分獲得のための利権と見なされるに至ったためである。不在国司が増加した結果,律令制地方支配は衰退し,目代以下のいわゆる在庁官人による国衙行政が遂行されることになる。