●煬帝 ようだい
アジア 中華人民共和国 AD569 南北朝時代
中国,隋の第2代皇帝(在位608〜618)。姓名は楊広。高祖文帝の第二子として569年に生まれる。日本古来の読みで“ようだい”と言う。581年父の即位により晋王となり,軍を指揮して南朝の陳を倒し中国の統一に成功。陰謀をねり皇太子である兄楊勇を失脚させ皇太子となり(600),また父文帝を謀殺し即位した(604)。605年洛陽を東都造営し盛んに土木事業をおこした。男女100万人を動員し通済渠(つうさいきょ)・永済渠(えいさいきょ),さらに揚子江から抗州に至る江南河を開いた。対外政策は突厥に備え高昌国を来貢させ吐谷渾を征し西域への道を確保し,南方では林邑を倒し赤土国を入貢させ流求(台湾)を征した。612年高句麗遠征に失敗したことから国内に暴動が頻発。613年楊玄感の反乱を機に天下が乱れた。煬帝は江都の離宮にあり不安のなか歓楽にふけっていたが,618年宇文化及を首謀者とする禁軍(近衛兵)の蜂起にあい殺された。
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