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●妖術と邪術 ようじゅつとじゃじゅつ

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 邪術は呪術超自然的な存在の助けを借りて種々の現象を起こさせようとする行為のなかで,他人に危害を与えることによって行う呪術のことで,〈黒い呪術〉とも言う。これは雨乞いの呪術のように,社会のためになる善意の呪術としての〈白い呪術(white magic)〉と対比される。けれども邪術が常に社会に有害な呪術であるとは限らない。邪術も敵に対して用いれば,それは望ましい呪術とされるし,トロブリアンド諸島では,酋長たちは邪術の力を借りて統治すると言われ,指導者の用いる統治のための邪術はむしろ正当視されている。またアフリカでは,人の物を盗んで返却しない盗人に対して邪術が用いられることがあるが,これはむしろ社会的に認められた邪術である。

 ヨーロッパでは,いわゆる魔女狩りの盛んであったころも邪術は呪術と同意義に用いられ,また妖術とも区別されずに用いられていた。ところが,アフリカのアザンデ族においては,エヴァンズ=プリチャードによると,人間のもっている霊力が,その人が意図しなくても他人に災いをもたらすような心霊作用としての〈妖術〉と,意図的に相手に危害を加えようとして行う呪術としての〈邪術〉と概念的に区別されている。同様な区別が他の社会にも区別されていることがあるし,またインドネシアのジャワ族やバリ島民におけるように,無意図的な妖術の観念がなく意図的な邪術の信仰しかないところもある。

【妖術・邪術と社会】妖術や邪術の現象は,すべての未開社会に盛んであるわけではない。妖術の信仰の欠落している未開民族もある。一般的には,妖術や邪術の支配的なコスモロジー(宇宙観)は,狩猟民や牧畜民にはほとんど見られない。狩猟民のムブティ=ピグミーにおいては妖術の信仰は見られないし,東アフリカの牧畜民のヌアー族ディンカ族においても妖術信仰は弱い。クラックホーンによると,北米の牧畜民ナバホ族は妖術を信じてはいるが,30年間に妖術の公的な非難を行ったケースは6例に過ぎず,500人の集団のなかで19人が妖術師であると陰で非難された程度である。ダグラスは,多くの狩猟民や牧畜民におけるように人間関係が薄くまばらであるが,社会的役割が明確に規定されている社会では妖術信仰は少ないのに対して,人間関係が緊密で,役割や社会関係の曖昧で明確に規定されていないような社会では妖術信仰が盛んであると述べている。ダグラスによれば,妖術は役割や社会関係を明確にする機能をもっているからである。

【妖術・邪術の機能】妖術・邪術は個人の次元では,人に対する憎しみを発散させ深刻な争いを緩和させる機能をもつし,個々人の不幸の原因を説明する。それは,自己あるいは知人の病気・怪我・死などの原因が妖術・邪術のせいであると考えることによって,それらのわざわいが説明され不幸の苦しみが軽減されるからである。また妖術・邪術の信仰は,一面において対人関係における葛藤を生むことにもなるが,他面社会の秩序を維持させる機能をもっていることが民族誌的資料によって立証される。というのは,人から憎まれたり恨まれたりするようなことをすると,その人から邪術をかけられたりその人のもっている神秘的な力が働いて妖術の餌食になるかもしれないからである。つまり妖術や邪術の観念は,人から恨みをかうような行動を抑止し人間関係の和を促進する効果をもっている。ニャキューサ族においては,社会の規律に反したけちな人間や,不親切な・無愛想な人は妖術に襲われやすく,また妖術師として非難されやすいのである。この意味で,妖術信仰は社会的制裁という機能を果たす側面を備えている。けれども妖術師に対する非難があまり激しくなると,社会間の不安が募り,社会の葛藤・亀裂が激しくなることもある。このような典型的な例は16,17世紀のヨーロッパ各地の魔女狩りに見られる。

【妖術の観念】妖術の現象においてもう一つの重要な問題は,社会の人たちの妖術や妖術師に関する観念でありイメージである。ヨーロッパで魔女(妖術師)信仰の強かった時代において,魔女の集会(サバト)というものが存在したと言われている。ところがノーマン=コーンの近著によると,魔女の秘密の集会というものは実際には存在しなかったのであり,それは社会の人たちの想像に基づいていた。その傍証として,現存の未開社会に,魔女が人間を食べるとかいけにえを食べるために夜集まったりするという観念がよく見られることをコーンは挙げている。ルーシー=メアが述べているように,妖術師に対するイメージは,邪悪のイメージであり善なるものの正反対のそれである。しかも,社会の秩序についての基本的な条件はどこにおいてもそれほど違うものではないので,さまざま民族・部族のもつ妖術者のイメージには類似性が見られる。

 アフリカのルグバラ族の妖術師・邪術師は,正常な人々とは非常に異なる。しばしば反対の特徴を備えているとされる。ふつうの人々が黒いのに対して妖術師の皮膚は白いか灰色であり,身体のどこかに欠陥があると言われる。しかも社会では禁じられている近親相姦を妖術師はつねに行っており,正常人が絶体に食べない人の肉を平気で食べ,夜の妖術師は裸で踊ったり逆立ちして歩くという。ふつうの人間が着けるべきものを着けずに踊るということである。このように,ルグバラの妖術師は皮膚が白いとか,逆立ちして歩くとか,近親相姦や人食いを行うとか,ふつうの人たちの正反対の特徴を備え逆のことをすると考えられている。アフリカのスーダンのディンカ族も,妖術師には尻尾があるとか妖術師には睾丸が一つしかないと考えている。スーダン南部のマンダリ族も,妖術師には尻尾があると言っている。タンガニーカのバントゥー系のカグル族にも,妖術師は近親相姦を犯し人を殺して食べるという観念がある。西ウガンダの農耕民アンバ族も,妖術師は逆立ちしたり,足で木の枝にさかさまにぶら下がって休んだり,夜活動し裸で歩きのどがかわくと塩を食べたりすると考え,その行動はふつうの人と正反対なのである。

 このように見ると,魔女・妖術師の観念がヨーロッパに固有のものでも,キリスト教がつくり出したものでもないことは明らかである。魔女の観念はキリスト教以前のヨーロッパに存在していた。古代ローマに,魔女が恐ろしい鳥に変身して夜空を飛びまわり,子供たちの内臓をむさぼり食うと信じられていた。キリスト教の影響を受ける以前のゲルマン諸民族にも,夜,空中を飛ぶ人食い魔女の信仰があった。だが,世界各地の妖術師は女であるとは限らない。妖術師・邪術師がつねに女性であるとされているところがあるが,ルグバラ族におけるように,妖術師はつねに男性であるところもある。

〔参考文献〕メア,馬渕東一・喜多村節訳『妖術』平凡社

ミシュレ,篠田浩一郎訳『魔女』上・下,岩波文庫

コーン,山本通訳『魔女狩りの社会史』岩波書店

吉田禎吾『魔性の文化史』研究社

吉田禎吾「呪術」『宗教学辞典』東大出版会

森島恒雄『魔女狩り』岩波新書