●楊国忠 ようこくちゅう
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?〜756(天宝15)中国,唐の宰相。本名はショウ※注1※。蒲州・永楽(山西省)の人。従祖妹楊貴妃が玄宗李隆基の寵を得ると監察御史に抜擢され,宰相李林甫と結んで反対派を弾圧した。財政的手腕を認められ御史大夫・京兆尹を兼ねたが,この時玄宗より国忠の名を与えられた。751年(天宝10)南詔再征の兵をおこしたが大敗しその実情を隠蔽した。李林甫が死ぬとその後任となり,吏部尚書・集賢殿大学士・節度使・採訪使ほか多くの官職を兼任して権勢を振るい安禄山とも不和になった。安禄山の乱が起こり哥舒翰が潼関で破れると,玄宗を擁して蜀(四川)へ向かうが,途中馬嵬(ばかい)で貴妃とともに従兵に殺された。
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