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●洋画 ようが

アジア 日本 AD 

西洋から伝わり、日本では明治以後普及した絵画で、飛鳥期から発達させてきた東洋伝来の絵画を日本画または東洋画・毛筆画と呼ぶのに対する。すなわち西洋において古くから発達してきた材料・画法によるもので、油絵(油彩画)・水彩画フレスコ画テンペラ画エッチング(銅版画)・パステル画その他があり、新しくアクリル画もおこっている。明治後期に黒田清輝菱田春草が、〈将来は日本人の画いた絵をすべて日本画という可し〉と唱えてより、日本画・洋画の定義論は行われており、最近は材料・技法も諸種混用され語義があいまいになっていくが、一応、材料(絵の具)によって区別している者が多い。西洋ではフレスコ、ついでテンペラが発達して後15世紀に油絵が現れ、ファン=アイク兄弟その他の画家が開発しルネサンス期のうちに盛んになり、これが洋画の中心となって明暗法による写実技法が究められる。さらに、17世紀に現在の油絵に直結する材料・基礎技法が整い、19世紀に印象派が興ってからは、基礎的技法の変化も伴う様式変遷が見られる。日本には16世紀後半に油絵が伝えられるが、日本人の手になるのは日本画材料をもって西洋の絵を模したいわゆる洋風画がほとんどで、それも鎖国になって中絶する。18世紀後半から改めて油絵技法を摂取し、平賀源内の『西洋婦人図』は確実な日本人の最初の油絵遺品である。その後の秋田蘭画や司馬江漢・亜欧堂田善の絵は洋風画である。明治維新前後の高橋由一から日本人の油絵の傑作が生まれるに至り、のち黒田清輝が新画風を伝え、さらに新しい印象派・後期印象派等を早く摂取してくるのが山下新太郎藤島武二である。飛鳥期に行われた密陀絵は後の漆絵に連なる一種の油絵であるが、西洋伝来の油絵とは異質のものである。水彩は18世紀イギリスで隆盛になり、幕末に来日した英人ワーグマンにより教えられて以後日本にも普及するが、フレスコテンペラの画家は日本では稀である。


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