●楊炎 ようえん
アジア 中華人民共和国 AD727 唐
727〜781 中国,唐の政治家で両税法の創始者。鳳翔天興(陝西)の人。字は公南。諡は肅愍。人柄は大きく文章の才に優れていた。初め河西節度使の掌書記となり,中央政府に移ってからは司勲員外郎・礼部郎中・中書舎人などの官を歴任した。代宗朝の宰相元載と同郷のよしみで吏部侍郎に抜擢されるが,元載の失脚とともに道州(湖南)司馬に落とされた。しかし徳宗が即位すると再び中央政府に戻り,門下侍郎・同中書門下平章事に就任して,780年(建中1)両税法を実行した。これにより楊炎は名声を博すがしだいに専横の度が強まって徳宗の信用を失った。翌年徳宗は廬杞(ろき)を起用して楊炎に対抗させた。そしてまもなく楊炎は廬杞の中傷によって崖州(海南島)司馬に落とされ,任地への途上で殺された。