●ユリアヌス
ヨーロッパ イタリア共和国 AD331 ローマ帝政
331〜363 ローマ皇帝(在位361〜363)。コンスタンティヌス大帝の甥としてコンスタンティノープルに生まれ,337年に帝室の内紛で一族皆殺しの非運を体験したが,彼は幼少のため死を免れた。コンスタンティウス2世により副帝に登用される355年まで,小アジア各地でギリシア古典と新プラトン哲学に親しみエレウシウスの秘儀にも参加し,他方でキリスト教には偽善を見出し疑問をもち始めた。副帝としてライン方面でゲルマン人と戦いガリアの治安回復に成功した。360年,東方移動を嫌ったガリア軍団により正帝に宣せられ,コンスタンティウスが急死して単独皇帝となった。彼は行政の刷新を企てるとともに,その異教信仰を公にして復興策を講じたのでキリスト教側から「背教者」と呼ばれた。362年ササン朝ペルシアに軍を進めたが転戦中に重傷を負い死亡した。彼の著作はすべてギリシア語で書かれ,現存しているものも多いが,キリスト教を批判した『ガリラヤ人駁論』は抹殺され断片しか残っていない。
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