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●ユダヤ教 ユダヤきょう

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 (旧約)聖書の神ヤハウェを信仰する一神教で,その信奉者はユダヤ人という特定の一民族に限られるという点で,典型的な民族宗教である。現在では正統派・保守派・改革派の三派がある。

【聖書とタルムード】ユダヤ教の聖典はヘブライ語の聖書であり,内容的にはプロテスタント・キリスト教が用いる旧約聖書と同じである。しかし冒頭の創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記は〈律法(トーラー)〉または「モーセ五書」と呼ばれとくに神聖視されている。モーゼを通して神が啓示したものと信じられているからである。

 ユダヤ教の信仰によれば,シナイでモーセが神から授けられた律法のうち成文化されなかったものは,口頭で伝えられていった。この口伝律法は200年ごろ結集されて『ミシュナ』と呼ばれるものとなった。これは6篇63書から成るが,内容は主に成文律法とかかわらせつつ日常生活の規範を説明し,細則を生み出し,かつ時代状況の変化に即応した判断をも示している。このミシュナ本文はその後パレスチナとバビロニア両地域の律法学者の研究対象となって膨大な注釈が生み出され,ミシュナと注釈(ゲマラ)とをあわせて『タルムード』が編さんされた。これは思想や信仰に関することはもちろん,ユダヤ人の日常生活全般にわたる規範と指針を示していることと,ミシュナそのものが神的権威をもつと信じられていることから,聖典ではないが聖書に次ぐ位置づけをもっている。

【倫理的一神教】ユダヤ教の神は天地の創造者であるとともに,意志をもって世界と人間の歴史を支配する人格神で,自然よりはむしろ社会・個人の両面を含めた人間生活の領域に深く結びついてきた。この宗教がとくにユダヤ人にのみ信仰されているのは,歴史の過程のなかでこの民族と特殊な関係が成立したからである。〈契約〉と呼ばれるこの関係は,神が数ある民族のなかからイスラエル民族を選び出し,ヤハウェがイスラエルの神となるとともにイスラエル民族がヤハウェの聖なる民となった,という内容である。この選民思想はその後のユダヤ教の性格を決定するものとなった。また「聖なる民」にふさわしく神の〈声に聞き従い,その契約を守る〉ことが求められ(出エジプト記19:5),その具体的内容として啓示されたのが律法(トーラー)であった。倫理的特性を備えた人格神に呼応した人間の倫理性がここでは要求されている。その後のユダヤ人の宗教に大きな影響を与えたものは,文化的民族的危機とその時期に活躍した預言者である。

 砂漠的文化を背景にもつイスラエル民族が,肥沃な三日月地帯の一隅に定着して農耕文化を受容していく過程で,彼らは豊饒神祭儀と道徳的退廃という宗教的・社会的挑戦と試練を経験する。

 古代イスラエル王国が南北に分裂した後,北王国イスラエルは前722年にアッシリアに滅ぼされた。一方,前586年に南王国ユダを攻略したバビロニアはイェルサレムとその神殿を破壊したばかりでなく,イェルサレムを中心とした社会の指導層をバビロンに連行抑留した。これをバビロン捕囚と言う。異境にあって彼らが真剣に取り組んだのが,ユダヤ人としてのアイデンティティの確立であり,ここに民族の歴史と伝統文化が新たな視点から見直されることになった。いわば宗教的・民族的内省のときであり,安息日遵守や割礼の実施がとくに強調され,シナゴーグもこの時期に起源すると言われる。

 このような文化的・民族的危機に際して出現したのが一連の預言者であった。彼らは社会の指導者あるいは庶民に対し,警告し反省を求めまたときに応じて慰めつつ,神に依り頼む真の道を歩むように説き続けた。〈わたしはヤハウェである。わたしのほかに神はない,ひとりもない。〉(イザヤ書45:5)という第2イザヤのことばには他神の存在を容認しない唯一絶対神の思想がうかがわれる。彼らは倫理性・一神性の両面において思想をより一層深めていったのである。

【神殿喪失と規範的ユダヤ教】紀元70年はユダヤ教にとって重大な意味をもつ年である。これはローマ軍の手によってイェルサレム神殿が破壊され,二度と再建されることがなかったからであった。神殿祭儀を中心に営まれてきたユダヤ教が,祭儀から完全に切り離されてはたして存続し得るかどうかの岐路に立たされたのである。

 この未曽有の危機によく対処し得たのはパリサイ派を中心とした律法学者であった。彼らはイェルサレムを離れ,地中海沿岸のヤブネで律法研究に専念し,神の意志としての律法を正しく日常生活のなかで実践することこそ神の前に立ち得る正しい姿とした。これ以後のユダヤ教では「律法」と,この律法から引き出された生活規範としてのミツヴァ(掟)が中心となっていく。この傾向がミシュナの結集に発展し,やがて注釈とあわせてタルムードを生み出していった。律法研究とその実践が神殿祭儀にとって代わることによって危機を超克したユダヤ教は,その結果規範的宗教に変質していくことになった。

 律法の厳格な遵守は中世を通じて一貫したユダヤ教の基本的態度である。しかし律法をどのように把握するかという点で二つの大きな流れが認められる。一つは,『悩める者のための手引』などを著したマイモニデス(12世紀)に代表される哲学的な流れで,信仰と理性の一致をめざしていた。他はカバラの名で知られる神秘主義で,神の属性について黙想し,祈りに精神を集中することを通して神と神秘的交わりを得ることを目標としていた。ドイツを中心とする地域では,彼らは禁欲的で,祈りの実践と倫理的行為を強調するとともに呪術的な一面をのぞかせていた。同じ神秘主義でも南フランスおよびスペインではむしろ思索的傾向が強く,神の本性とその働きの究明に多くの関心が払われ,『ゾハール』(光輝の書)などが13世紀に著されている。

【人間性の解放とユダヤ教三派】古代から千数百年にわたりユダヤ人コミュニティは周辺文化から孤立した状況のなかで存続してきた。近代ヨーロッパの啓蒙思潮はこの状況を大きくゆさぶった。人間性の解放として始まったユダヤ人の思想と慣習の西欧化は,一部の西ヨーロッパ諸国やアメリカにおけるユダヤ人への市民権付与とともに,ユダヤ教の歴史に新しい時期を画すことになる。

 18世紀のドイツに生きたモーゼス=メンデルスゾーンは,このような思潮のなかでの先覚的指導者であった。正統的信仰をもち,伝統的な日常生活上の規範を守ることに忠実で,ユダヤ人の解放が信仰を犠牲にしたものであってはならないとしながらも,彼はユダヤ人が自ら文化的閉塞状況にとじこもって自己解放を阻害すべきではないと考えた。そのため,教育といえばタルムードの学習に明け暮れていたユダヤ人に,ドイツ語や数学をはじめとする一般教育と職業技術の習得を勧めた。

 人間性の解放というこのような動きは,時代精神に順応しようとするユダヤ人側の真摯な努力であったが,宗教の近代化とも結びつくのは必然的な勢いであり,ここに改革派ユダヤ教の誕生を見る。彼らは時代を超えた普遍性に富むものを強調しようとした。その結果,倫理性の高い預言者の教説はとくに評価される反面,伝統的な戒律のかなりの部分を否定し,また宗教儀式や祈祷書のなかに保持されていた民族性を極力排除することになった。このような改革派のあり方は伝統を重んじるユダヤ人の目にユダヤ教の堕落・否定と映じたのは言うまでもない。

 近代主義と伝統主義への分極化のなかで,伝統的ユダヤ教の本質を残しながらも時代に適応し得るユダヤ教のあり方を求める動きが保守派ユダヤ教の誕生につながった。これは改革派の行き過ぎに対抗する形で登場した。彼らは歴史的に根拠をもち客観的に実証され得るものである限りにおいて改革を受け入れる立場をとり,進歩と伝統保持の統合をめざしている。

 改革派にも保守派にも属さないユダヤ人はすべて正統派と総括されるが,一切の変革を拒否し,頑なに中世的伝統主義ユダヤ教を固持しようとする人々はそれほど多くない。新正統派と言われる大部分のユダヤ人は,現代社会の文化価値(たとえばテレビ・新聞などに象徴されるような)を受け入れることが時代への迎合とは考えず,時代を超えた啓示の妥当性を主張しつつ現代社会のなかでその価値と思想を表現し,生きようとしている。

 改革派は伝統の束縛のないアメリカで最も発展し大きな勢力となっている。一方,イスラエル国では正統派以外の二派は認知されていない。

〔参考文献〕A. ウンターマン,石川耕一郎他訳『ユダヤ人――その信仰と生活』1983,筑摩書房

石田友雄『ユダヤ教史』1980,山川出版社

I. エプスタイン,安積鋭二他訳『ユダヤ思想の発展と系譜』1975,紀伊国屋書店

A. ジークフリード,鈴木一郎訳『ユダヤの民と宗教』1967,岩波書店