●結城豊太郎 ゆうきとよたろう
アジア 日本 AD1877 明治時代
1877〜1951(明治10〜昭和26)財政家。山形県赤湯町(現,南陽市)の酒家に生まれた。1903年(明治36),東京帝国大学法科大学を卒業後,日本銀行に採用された。アメリカ駐在,名古屋支店長その他をへて,1918年(大正7),大阪支店長に就任。まもなく第一次世界大戦後の大阪金融界の混乱に直面し,綿布商の整理によって大阪財政を救済した。1921年,日銀を退き,安田保善社の専務理事に就任,安田財閥に参与した。人材登用,調査機構を拡充するなどの措置をとったが,安田一門と衝突,1929年(昭和4)辞任した。1930年,日本興業銀行総裁となり,積極的貸し付け政策でデフレーションに対処した。1937年,林銑十郎内閣の大蔵大臣に就任したが,数カ月で内閣は解散。同年日本銀行の第15代総裁となり,1944年辞任するまで,戦時金融の元締めとしての位置にあって,軍部・財界それぞれの意向を調整することに苦慮した。