50音順    検 索

●遊園地 ゆうえんち

AD 

 遊園地とは何かと聞かれても,われわれは,その実態はある程度まではわかっているはずなのにどうしたことであろうか,やはり,一種のとまどいを一瞬,感ずるのではなかろうか。しかしながら,遊園地についての難しい定義は別として,これを一口で,もしいうとするならば,それは,一般においては文字通りの意味であって,たとえば,娯楽および遊覧などのために子供や,ときには大人までが喜ぶようないろいろな設備をできる限り整えて,それらの人々に喜んでもらうことを企図するところの土地・公園などをさして,一般の人々は,俗に“遊園地”と呼んでいるといっても,だいたいあたっているのではなかろうか。もっと別のいいかたで,さらに詳しく遊園地について述べるならば,遊園地はやはり緑地の一種であるとともに,一般大衆の戸外における慰楽などに関して,提供される性格をもっているとともに,このためには,なんといっても,ふつうの場合においては企業として,つまり利益の追及を一つの目的というか,あるいは企業本来の性格から生ずるというべきであるかは,そのどちらでもよいとするとしても,とにかく入園者をなんとかして引き寄せようとして,いろいろと多種多様なアイデアを凝らした娯楽についての施設を,それぞれできる限り豊富にそなえることが,遊園地がもともともっているところの一つの性格として,注目されなければならないとさえ考えられるのである。もともと,遊園地ということばが本来もっているところの意味とか,さらにそれらのことばの響きなどからするならば,遊園地は,児童向きの公園とか,あるいは一般人までも広く含んでその施設の利用なども考えられている一般公園と,ややもすれば意識的に,あるいは無意識のうちにおいて,混同されがちの傾向があるといわれているが,これは次のような点でもって,実際は,多少違うという点を,ここでは指摘しておきたい。なぜかというと,われわれもたぶん気がついているかもしれないが,現在の日本においては,なんといっても公園についての法的な根拠が,すでに立派に確立されるとともに明確となっているのであって,これらの点について,さらに考察を加えるならば,なんといっても遊園地については,それはまず営利を目的とするとともに,一方においては,これらの施設においても,やはり興味本位のものが,かなり多いことが目立つといったいろいろな点において,遊園地と公園とは,はっきりと区別されているというのが,今日における偽らざる現状を示しているとさえいうことができるのではないだろうか。もちろん,まれには遊園地が公共団体によって経営されたり,あるいは都市の公園においても,その施設の一部として遊園的な施設を設けることもあるが,このような例は,それらが企業としてでなければ,遊戯施設の一つとして都市公園法においても認められている。ただしこの場合,もし料金をとるとしても,これの維持管理費を賄う程度を限界とすべきである。遊園地における最も重要な施設は,やはり娯楽施設であり,経営を構成するところのおもな収入源であって,ほとんど毎日のように新しくて奇抜な考案と企画とをもって,大衆の興味と関心をつねにつなぎとめておくよう真剣に努力を傾注するとともに,考慮を集中しなければならない。遊園地施設のもつべきところの根本的な条件は明朗であるとともに愉快であり,そして安全でなければならないことが必須の条件である。このほか,簡単でたやすい操作をそれぞれの施設が兼ね備えるとともに,人々を喜ばせるスピード・回転・高度,そして冒険などという適当かつ安全度の高い刺激感を有する一方においては,娯楽要素それ自体が人々を幻想的な世界へと誘うとともに,造形美的かつ科学的な教化性を付け加えることが,利用する人々からやはり望まれ歓迎されているのである。このほか室内における各種の娯楽施設としては,いろいろなコインマシンや小型な乗物などが準備されているというのが現状である。一方においては,休憩舎,アマチュア体育施設,音楽堂,そして大芝生などの休養施設,動植物園,庭園,大温室,噴水などの観賞教化施設が来訪者からは喜ばれ,このほか売店,レストランなどの便益施設と催物会場としては,野外ステージなどは必要で欠かせない施設である。ヨーロッパ,とくにアメリカにおいては,このような施設が昔から喜ばれ,企業的立場からこれをみると,集約的な経営に成功している。海岸や温泉などの行楽地にこれら多くの遊園地はつくられる。規模の大きなプレジュア=グラウンドで,ロングビーチのシルヴァーズ=プレーやニューヨークのコニー=アイランドなどは有名で世界的である。1955年(昭和30),ロスアンゼルス郊外において開設された有名な,世界の子供たちに人気の高いディズニーランドは,65ha のきわめて大きな敷地において,ものすごく童話的であるとともに,いかにも子供たちが大喜びしそうな幻想的な別世界をつくりだした。理想的な大遊園地であると断言できる。

 日本における遊園地の起源を求めると,たとえば江戸時代の広場,江戸名所の飛鳥山(あすかやま)や,境内地の見世物場や江戸川堤など郊外行楽地がある。1887年(明治20)ごろから浅草公園のパノラマ館,花屋敷,十二階などができ,庶民の娯楽場の見物が企業的に成立した。これに刺激されるとともに,文明開化を含む開国日本の解放政策は,これが必然の帰結として,やがて一般庶民の遊園地に対する深い関心を呼びおこすとともに,庶民の懐も一進一退の繰り返しを重ねながら,少しずつ豊かになっていく傾向も一部にはあったし,それに,なんといっても,明治以降における「国内産業の興隆期」と呼ばれる時代がもたらした前向きの風潮は,ザンギリ頭の増加とともに,次々と催されたいろいろな博覧会においては,まずメリーゴーラウンドや大観覧車,ウォーターシュートなど動力使用の娯楽機械が出現し,今日のような形の遊園地が生まれた。これら遊園地の主要なものとして,たとえば1913年(大正2)香炉園,阪神は今はないが,1914年(大正3),阪急の宝塚,京浜急行の花月園(今は競輪場)が,1925年(大正14),東急の多摩川園,1926年(昭和1),小田急の向が丘遊園地,および同じ年に向が丘遊園地とともに,有名であるばかりでなく,広く東京都民や近郊などの小供連れの大人たちからも親しまれ,華々しく誕生した西武の豊島園という一大遊園地もあって,現在においても健在である。1955年(昭和30),東京における後楽園遊園地のように独立した経営形態をとって,しかも集約的に行われるようになった点が,一つの特徴として注目されている。1962年(昭和37),奈良におけるドリームランドが誕生し,さらに1964年(昭和39)には,東京都稲城市の読売ランドが開場し,さらに1983年(昭和58)に,東京ディズニーランドが千葉県に誕生し,多くの人々が来場した。一方,小規模であるがほとんどの百貨店の屋上には,児童向け遊園がある。