50音順    検 索

●唯物史観 ゆいぶつしかん

AD 

 唯物論的な歴史の見方のことで,史的唯物論ともいう。理論的には弁証法的唯物論を歴史に適用したものだから,マルクスおよびマルクス主義の歴史観ともいえる。それまでのヨーロッパの伝統的な歴史観は,歴史の原動力を人智を超えた運命や神の摂理の働きとみていた。近代になっても不可知な「自然計画」(カント)や「世界精神」(ヘーゲル)のような超越的な観念とみていた。現実に歴史を動かすものは英雄や偉人の個人的な意志や情熱の力で,それが超越的な原理とうまく調和・一致したとき歴史がつくられると解釈していた。他方,気候や風土など自然の地理的条件が歴史のあり方を決めているという自然環境決定論的な見方もあった。これらの歴史観に対して唯物史観は,存在の原理を精神や観念ではなく,物質であるとみる唯物論の点では,古代ギリシアのデモクリトス・ルクレチウス・エピクロスらからの哲学的伝統を受け継いでいるが,人間が生きるということが労働によって自然に働きかけ,生産の諸関係が一定の社会関係をつくるとみて,しかもその社会が,ヘーゲルの弁証法論理を応用して,弁証法的に発展するという社会的歴史観になっている点では,19世紀の思想の産物にほかならない。

 マルクス主義の唯物史観によると,人間の社会は生活に不可欠の生産が基礎になっていて,その上に政治・経済・法制,さらには学問・芸術・宗教のような観念が発達するのだという。だから社会の基底にはマルクスのいう「物質的生産力の一定の発展段階に照応する生産関係」があって,この「土台」の上に法制的・政治的「上部構造」が成り立ち,その形態に応じて一定の社会意識,つまりイデオロギーが生まれると考えられている。意識が存在を規定するのではなく,社会存在が意識を規定するのだから,土台の生産関係が上部構造を規定するわけだが,それは一方的・一義的に規定するのではない。一方的・一義的に規定すると考えるのは素朴唯物論であって,マルクス自身それを批判している。マルクスの考えでは,ある時代の法制的・政治的諸関係,さらには科学・芸術・宗教などのイデオロギーはそれぞれ相対的に自立する存在で,個々の歴史的契機において,土台から規制を受けるが,また独自の働きをしながら土台に働きかける力ももっている。土台と上部構造の規定・被規定の関係は一方的ではなく相互的である。そして土台の生産関係は生産力の不断の発展によって改められるから,それに伴って上部構造も発展する。その総体が歴史社会の進歩であって,その契機になる諸時期は弁証法的段階を踏むという。つまり社会の生産力が進歩するとそれまでの生産関係に矛盾が生じ,それが上部構造で法制的な所有関係の矛盾となってあらわれる。そうなると既存の関係が生産力の発展のかせとなるから,新しい社会勢力がその社会関係を打ち破らなくてはならない。それが社会革命で,そのようにして次々と生産様式をつくり代えていったのが人類の歴史であるという。その歴史は原始共産制・奴隷制・封建制・資本主義・社会主義という5段階の時代になっている。現代の社会は資本主義から社会主義へ移行する時期とみられている。この唯物史観はマルクスにおいては『ドイツ=イデオロギー』(1845〜46)で明確な歴史観の形をとったものだが,エンゲルスの協力もあり,『共産党宣言』(1848)に定式化されて,のちにはロシアのレーニンに引き継がれ,マルクス=レーニン主義の歴史観とされた。理論問題としては,土台と上部構造の微妙な規定・被規定の関係は今でも学界の論議の対象になっている。ポパーら科学哲学者は弁証法を科学理論として批判した。