●ヤルムークの戦い ヤルムークのたたかい
ヨーロッパ イタリア共和国 AD636
636年8月,アラブ軍が東ローマ(ビザンティン帝国)軍を破った戦い。ヤルムークは現在のヨルダン領にあり,ヨルダン川の1支流。632年のイスラームの預言者ムハンマドの没後,彼の後を継いだカリフはアラビア半島内の再征服と並行して,シリアにも軍をむけてそこの征服をめざした。634年に始まるシリア征服は,シリア駐屯の東ローマ軍を簡単に破り,シリアの土着の勢力の抵抗をほとんど受けずに進展した。これに驚いた東ローマ皇帝ヘラクリオスが中央から大軍を送った。アラブ軍の総指揮をとったハーリド=ビン=フリードはシリア各地に散開していた全軍をヤルムーク河畔に結集して,東ローマ軍との決戦に臨み,これを撃破した。この敗戦により,東ローマはシリアを永遠に失い,シリアの諸都市はアラブ軍の手に落ちた。カエサリア,イェルサレムなどギリシア系の住民が多い都市は抵抗したが,数年後にはシリア全土がアラブの支配権を認めた。