●耶律阿保機 やりつあぼき
AD872
872〜926 在位916〜926(神冊1〜天顕1)北アジアの遼国(契丹国)の建国者。契丹族の耶律氏(ヤルート)の迭刺(てつら)部出身。痕徳董(こんとくきん)可汗に仕え,奚(けい)部族を従えるなど,部族戦争の英雄として軍事力を掌握した。南進して華北に侵入すると,多数の中国人を捕虜として連行,有能な者を登用して協力を得た。部族長会議で可汗に選ばれると,一定期間で交替するという伝統的慣習を破って三たびその地位につき,抵抗する族長は殺すなどして民族統一に成功,皇帝を称して神冊と建元した(916)。これが中国での征服王朝の一つとされる遼の太祖である。中国文化の摂取につとめる一方で,契丹文字を創成して民族的自覚を高めた。西方の突厥・タングート・ウィグル諸族を親征して服属させ,926年には東方の渤海国を滅ぼして現在の中国東北地方(満州)を奪い,ここに東丹国を建てた。この遠征からの帰途,扶余府(吉林省)で病没した。陵墓は内蒙古自治区にある。