●山の神 やまのかみ
アジア 日本 AD
山を治め,山仕事をする者を守護する神の総称。精霊から大山祇神・木花之開耶姫(このはなのさくやひめ)までさまざまな発展段階ないし信仰の次元がある。また地域や職業・職域によって信仰の相が異なり,農山漁村ならびに職業集団のあいだにかなりの幅がある。また,その基盤なり背景に祖霊信仰という民俗宗教が横たわっているというしだいで,その性格を一元的に規定することははなはだ困難である。ここでは農山村における村落・住民の信仰を対象としたい。【村落住民レベルの信仰】農山村では薪・秣・緑肥・屋根材(萱)などの給源を山に求め,山菜・茸・木の実などの採取を行うなど住民の生活と山は緊密な関係で結ばれている。とくに山村では山の神を村氏神として祀っている場合が多い。このような所では一部に山の神の性格を残しながらも,大山祇神,木花之開耶姫を祭神に一般的な鎮守として村落祭祀の対象となっている。山口や山中に祀られている山の神は,住民の信仰対象として最も普遍的なものである。小祠または「山之神」の文字を刻んだ石をもって祀るとか,三股に枝別かれした樹木や大木などを神木として祀るとかしている。ここを通る際には礼拝する。とくに新年を迎えてから初めて通るときは注連,幣を納め神酒と餅,粢(しとぎ)を献ずる。これを年頭の仕事初め・初山入りとして行っている所が少なくない。その場合は山の神の祀られている場所ではなしに,その年の恵方の山に行って適当な場所を卜して塩で浄め,側らの木の枝に注連,紙垂を掛け,地面に白紙を敷いて柿そのほかの献じ物をし,恵方へむかって礼拝する。それから若木を迎えてきて,小正月の作り物の材料にするとか,神供の煮炊きする際の焚き物にするとかする。宮崎県の北部山村では若木を田・畑に立て,注連飾りをして祝う。歳時習俗として春秋2回山の神の日がある。2月・10月の定まった日を祭日としている例が多く,山の神講をして祭る。秋のそれがないような所でも春には大抵祭る。山の神講は村組などを単位として行い,午前中に全戸または当番が山の神に参拝し,その日は山に入らずに講宿に寄り合って酒宴をする。この日は山の神が狩りをする,木を数える,木の種を蒔くなどの伝承があり,禁忌を犯して山に入れば矢を射られる,木に数え込まれるなどの神罰がくだり,大怪我をすると信じられている。伊勢の農山村では正月7目の早暁に山の神祭りをする。祭場に大きな焚き火をし,日の出を拝してから,あらかじめ樹間に張り渡してある藁縄に,各自持参の木鉤(柴)を引っ掛け,長老の唱え言にあわせて引き,藁縄を引き切って燃やす。唱え言はその土地の代表作物の種もらい,または豊穣を予祝するものであり,農耕儀礼の意義を有している。農村では春秋の去来を信ずる所があり,春は野におりてきて田の神となり,秋には山にのぼって山の神となるという。双方とも水の神としての側面も共有し,緊密に連関し合っている。一方純山村,とくに山仕事に携わる職人たちは山の神は山中に常住すると信じている。
【職人レベルの信仰】樵・杣・ヒョウ(木出し人夫)などの職人たちは,仕事初めにあたり現場などで臨時の祭場を設け,榊・アクシバなど特定の木の枝を用いて神籬を立て,神酒・粢を献じて祭る。伐採には最初に伐る木を卜して,その根元で山の神を祭り,倒したのちに木株にその木の梢を挿して祭る。鳥総(とぶさ)立ては古くからの儀礼で『万葉集』にも〈鳥総立て足柄山に船木伐り樹に伐り行きつあたら船材を〉ほかの歌がみえている。事業の中間でドバ祝い,最後に山仕舞い等の祭りをする。また,山中生活では小屋の内部または付近の清浄な場所を選んで山の神を祭り,毎朝炊きたてのご飯を供えるなどして拝む。山の神の日には御幣餅をつくって山の神を祭り,終日仕事を休んで飲食する。山師の肝煎りで盛大な酒宴をしたりもする。二股・三股の木を伐らない,朝「猿」ということばを使わないなどの禁忌がある。猟師の信仰する山の神は獣を治め,猟師に獲物を授ける神である。ことごとに神を祭り,清浄を守り,言動の慎みを厳重にする。
【山の神の性格】山の神の性について,農山村や猟師たちは女,職人たちは男としている。猟師の伝承に女神の出産譚があり,豊饒多産の神と観想している。職人たちの山の神観には鉞を携えた仙人風の男神の前に2匹の山犬が蹲踞している場面を描いた山神の画像との関連がうかがえる。焼畑農耕に携わる者や山仕事を専門にする職人たちの山の神は荒御霊で気性が激しくて咎め立てが厳しいが,農民の山の神は和御霊(にきみたま)で恵みの神である。猟師の山の神にはその両面がある。
〔参考文献〕堀田吉雄『山の神信仰の研究』1966,伊勢民俗学会
桜井徳太郎『日本民間信仰論 増訂版』1970,弘文堂
千葉徳爾『続狩猟伝承研究』1951,風間書房
![]()