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●大和絵 やまとえ

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 9世紀ごろまでの日本の絵画は,すべてが中国から将来された様式や画法で描かれ,題材もほとんど中国の事物であったのが,9世紀末ころから日本的なものが描かれるようになってきたので,これを倭絵(やまとえ)と呼び,従来の中国風のものを唐絵(からえ)と呼んで区別し始めた。これが記録の上にあらわれたのは,能書家で知られる藤原行成の日記『権記』で,その999年(長保1)10月30日の条に〈倭絵四尺屏風〉とあるのが最古の例であろう。絵は当時流行した四季絵で飛鳥部常則とある。ほかに巨勢広貴らも有名で,画題には文芸的な月次絵(つきなみえ)が多かったらしい。以後日本の絵画は大和絵と唐絵の結合関係で発展してきたのであるが,平安期の倭絵の技法や様式を形式的ではあるが維持し,画趣に優美さが加わり,鎌倉・室町期には土佐派,江戸期には琳派らが復興維持したが,狩野派に押された。しかし明治以後現代でも大和絵の復興運動は続けられている。