●山田美妙 やまだびみょう
アジア 日本 AD1868 明治時代
1868〜1910(明治1〜明治43)小説家・詩人・評論家。本名武太郎。旧南部藩士の長男として東京神田に生まれる。大学予備門(一高の前身)在学中,1885年(明治18),尾崎紅葉・石橋思案らと硯友社を結成,機関誌「我楽多文庫」(がらくたぶんこ)を創刊,最初の言文一致小説である『嘲戒小説天狗』(1886〜87)を発表し,紅葉らと『新体詞選』を編集,自らも『少年姿』を編んだが,婦人雑誌「いらつめ」を発表舞台とすることがかない,さらに言文一致の歴史小説『武蔵野』(1887)を「読売新聞」に発表して文名をあげ,翌年,短編集『夏木立』を刊行,小説雑誌「都の花」主幹となった。ついで「国民之友」に歴史小説『蝴蝶』(1889)を発表,『日本韻文論』や辞典など多面的に活曜したが,私娼事件や,妻だった田沢稲舟関係で排斥を受け,晩年『大辞典』編纂などの営為はあったものの,ついに逆境のまま終わった。〔参考文献〕塩田良平『山田美妙研究』1938,人文書院
![]()