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●山田長政 やまだながまさ

アジア 日本 AD 

 ?〜1630(?〜寛永7)江戸初期の南方渡航者。駿河の生まれ。名は山田仁左衛門。沼津城主大久保忠佐の駕籠かきをしていたが,1612年(慶長17)ごろ朱印船に乗ってシャム(タイ)に渡り,国都アユタヤ郊外の日本人町の長となる。1621年(元和7),シャム国使節の日本来朝に際し,幕府に斡旋状を送るなど,彼我国交の親善に尽力。また自らも日本やマラッカ,バタビアなどに商船を遣わして貿易を営んだ。さらにシャム国の内戦や外征にも日本人を率いて活躍,国王ソンタムの信任を得,1628年(寛永5),王女と結婚して最高の官爵オヤ=セナピモクとなった。しかし同年,国王が没すると王位継承の争乱に巻き込まれ,リゴールの大守としてパタニアの侵入軍と対戦中に脚部を負傷,シャム人に傷口に毒を塗られて死亡した。その子オコン=セナピモクも父の跡をついで戦ったがカンボジアに敗走し,1630年(寛永7),シャム軍により日本町は焼き払われた。

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