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●山背大兄王 やましろのおおえのおう

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 ?〜643? 厩戸皇子(聖徳太子)の子。母は蘇我馬子の娘刀自古郎女。『日本書紀』によれば,推古天皇没後の皇嗣問題で蘇我蝦夷の擁立する田村皇子舒明天皇)と皇位を争ったが敗れ,その後蝦夷の子入鹿のさし向けた兵に襲われて自殺したという。従来このような『書紀』の記述がそのまま受け容れられてきたが,近年,『書紀』の描く歴史像が律令国家の支配勢力の正当性を主張する歴史観にもとづくという立場から,史料批判がなされ,山背大兄王の政治的な立場についても新たな評価がなされている。とくに山背大兄王が皇位を争った舒明天皇は,律令国家形成の中心となった天武天皇の父であり,『書紀』は異例の即位前紀を設けてこの皇嗣争いを記述し,編者による作為が考えられ,舒明即位以前に山背大兄王が皇位継承の最有力者であった可能性もある。

〔参考文献〕門脇禎二『「大化改新」論』徳間書店