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●山背 やましろ

アジア 日本 AD 

 山城国の古称。山城国は,『古事記』などによると,古くは山代国と表記したが,おそらくは大宝令の制定(701・大宝1)とときを同じくして山背国という表記となり,794年(延暦13)に山城国と改められるまでつづいた。宮都がいとなまれ,政治の中心地であった大和国からみて,寧楽山の背後であったところからヤマウシロの国と呼ばれ,山背と書かれたものと思われる。現在の京都府南部にあたるが,『万葉集』に丹波道と呼ばれた古山陰道,山背道と呼ばれた古北陸道が通過しており,大和国から日本海岸地方にむかう要衝の地でもあった。この時代でとくに注目されるのは恭仁京長岡京という二つの宮都が設けられたことであろう。すでに筒城宮,弟国宮という宮都があったが,これらが文献の上でしかみられないのに対して,恭仁,長岡両京は考古学的にもその存在が確認されており,山背国は日本の中心であった。これがやがて平安京のいとなまれる前提となったことは疑いない。