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●山仕事 やましごと

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 広く山林に依拠した生業活動をいうが,その中心はキコリ(樵),ソマ(杣),コビキ木挽き),炭焼きなど木材の伐採,製材などに関与する仕事にある。これらは木材の広域的需要に支えられて専門職業化して行われる一方,山村住民の余業的生産活動としての性格ももっていた。数の上では後者が多数を占めたが,技術の開発,普及などについては前者に負うところが大きかった。

 山村経済上,山仕事は重要な位置を占めていた。自給的農業を営む一方,現金収入源としてこれに従事したところが多い。したがって,その内容は多様かつ零細であり,また変転が激しかったため今では滅び去ったものが多い。たとえば,風呂鍬に用いた鍬台・鍬柄作り,ソギとかコケラなどとよぶ杉や栗材を割った屋根葺き材をつくる屋根板割,玉切りした木材の中央を掘りくぼめてつくる臼作り,ブナやサワグルミを用いた杓子作り,松木に傷をつけ吹き出た松脂を燈火用に採った松脂かき,モチノキの皮を削り取り水につけてカラウス(唐臼)でついてつくるとりもち作り,漆かき,煙硝(有煙火薬)作り,紺屋へ売る木灰をつくる灰焼き,炭焼きなど数多くの仕事がみられた。山の多様な自然が多様な山仕事を育んだといえよう。

 これらはほとんど副業的に農閑期の条季を中心に行われ,春から秋にかけての農耕と組み合わされて,山村の生業構成の特色をなした。現在では山仕事は造林・伐採など林業関係がそのほとんどを占め,それも営林署や大きな資本の手によって経営されることが多いので,周年的労働に変わってきた。

 そのほか,やや趣きは異なるが,木の実や山菜,萱,菅,葛などの食料や生活資材を採取することも山村では欠くことのできない仕事であった。そのさい,共有地によることが多く,山の口開けと呼ぶ慣行がみられた。これは村落成員の平等を図る意味で,定まったときに山を開け一斉に山に入りこれらを採取するという決まりで,海村でいう磯の口開けと同じものである。山の資源の枯渇を防ぐことも意図していたといえる。

 また炭焼小屋,きこり小屋などの山小屋を設け,山中に宿泊しながら作業に従うという生産方式も特徴の一つで,同じく山中で行う焼畑や狩猟の場合にも作小屋,狩り小屋などが存在した。

 ところで,山仕事には山村独特の民俗が伴っていた。その顕著な例は,山を人間の住む世界とは一種異なった世界とみて,山中において守るべきさまざまな禁忌伝承を発生させたり,山の世界を支配する神格として山ノ神を考え,これの祭祀を篤く行ってきたことである。

 たとえば,山の峰にある三股の木は山ノ神の宿り木であるので伐ってはならないとする伝承は各地にある。茨城県のある村では,キコリがこの木を伐り払ったが倒れず,見上げるとたくさんの猿が枝を支えており,キコリは発病してすぐに死亡したという崇り伝承が語られていたという。また山に入ったら大声をあげたり,謡をしてはいけないとか,尾根筋に金物を置いてはならないなどという禁忌伝承が広く伝えられている。多くの場合,その理由は山ノ神に結びつけて語られる。キコリなどの林業者に限らず,焼畑農耕や狩猟を行った者も,仕事の節目や定まった機会には必ず山ノ神を祀るべきものと信じてきた。

 山中において不思議な音を聞いたり火を見たりするという経験も,山に働く者のあいだに等しく知られたことである。一種の共同幻覚なのだろうが,日暮に着物の縞がはっきり見えるほど明るくなったとか,太鼓をたたくような音が聞こえたなどといい,これを凶事の前兆などとみた。このような不可思議な伝承が発生し保持される空間で山仕事は行われてきた。それは,日常的世界とは異なる空間に入り込むことによって生ずる心理的緊張感などの作用によるのかもしれないが,それらを天狗とか狸のしわざと解した点にこそ,山村の民俗文化の独自性が存在するといえよう。