●山路愛山 やまじあいざん
アジア 日本 AD1864 江戸時代
1864〜1917(元治1〜大正6)明治・大正のジャーナリスト,歴史家。本名弥吉。幕府天文方の子として江戸に生まれた。維新に際し静岡に移ったが,当時の経歴は判然としない。また1886年(明治19)ごろキリスト教に入信したらしい。1888年(明治21)上京,東洋英和学校卒業。1891年(明治24),「護教」主筆,翌年民友社に入社し「国民新聞」記者となる。1899年(明治32),「信濃毎日新聞」主筆,1903年(明治36),「独立評論」創刊。1905年(明治38),国家社会党結成,〈帝国主義,国家主義〉の立場を明言するにいたるが,それは〈国家〉と〈個人〉の協調をはかるものであった。1916年(大正5),再度「信濃毎日新聞」主筆。この間,早稲田・慶応・同志社などで国史・日本思想史を講じた。愛山の本領は〈文章即ち事業〉の立場からする『新井白石』,『現代日本教会史論』などの歴史叙述にあり,在野民間史学,史論史学を確立した。