●山崎延吉 やまざきのぶきち
アジア 日本 AD1873 明治時代
1873〜1954(明治6〜昭和29)明治・大正・昭和の農政家。旧加賀藩士の家に生まれ,第四高等学校をへて駒場の農科大学卒業。福島養蚕学校・大阪農学校の教師をへて,29歳で愛知農林学校校長に就任。1920年(大正9)まで在職。この間,愛知県農事試験場長・同講習所長・同県農会幹事等を兼任して,全農の前身たる産業組合中央会や帝国農会の講師として活発な講演活動を展開。その後,帝国農会幹事となり,第1回普通選挙に当選し,尾崎行雄・鶴見祐輔らと「明政会」を組織し議会活動を行ったこともある。敗戦後,東海毎日新聞社長・貴族院議員・日本国民高等学校校長等を歴任した。山崎の主唱した倫理を強調した「愛農勤労主義」は,産業組合・帝国農会・青年団等の官民組織を通じて農村改良運動のイデオロギーとなり農村の指導者層に多くの共鳴者を得て,近代日本の農政,各種農村運動に影響を与えた。著作には,7巻の『山崎延吉全集』(1936)がある。