●山岡鉄舟 やまおかてっしゅう
アジア 日本 AD1836 江戸時代
1836〜1888(天保7〜明治21)幕末から明治にかけて活躍した剣道家。名は鉄太郎。侍従として明治天皇にも仕えた。江戸の旗本小野家に生れ山岡家をつぐ。千葉周作に入門したが一派を成し無刀流を称す。春風館道場をたてて門弟を指導した。幕府の講武所剣術心得,1862年(文久2),浪士取締役。真価が発揮されたのは,戊辰戦争江戸攻囲状況下に勝海舟の意を受け,政府軍本部のあった駿府に行き,徳川家の先行きに関し西郷隆盛に斡旋,江戸城開城措置についての西郷・勝会談の手順をととのえた一事である。勝海舟・高橋泥舟と並べて幕末三舟と称せられ,人物論を好む日本人が,肚のすわった人物というカテゴリーに入れて話題にのぼることが多かった。維新後は新政府に出仕,静岡県権大参事・茨木県参事・伊万里県知事を経て,1870年(明治3)侍従,宮内少輔となり明治天皇の性格形成に一影響を与えたといわれる。
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