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●流鏑馬 やぶさめ

アジア 日本 AD 

 馬に人が乗りながら馬上より鏑矢(かぶらや)で木製方形の的を射ることをいう。起原は不明であるが,中世紀の1096年(永長1)にみる鳥羽院殿の流鏑馬は古い。的は3本で,射手は5〜16騎で一定しない。平安時代末期より武士のあいだで行われはじめ,貴人の御覧に供されたが,鎌倉時代には武家社会で,とくに鶴が岡の馬場や由比ケ浜でよく行われたが,室町時代になると武士の公家化のため衰え,神社の神前で挙行されるものを除いてはまったくなくなってしまった。年占の意味をもつ神事も少なくない。鶴岡八幡宮のものはとくに有名である。今日では諸社で残されているものは少ない。江戸時代になると吉宗が武芸奨励したためか,そのころより増加している。真清田神社の流鏑馬のように4月3日当日,桃花祭式の日に行っているところがある。正月7日,三島神社の奉射祭が行われている。鶴岡八幡宮流鏑馬神事は9月6日の秋祭りの行事として古式の装束に身を固めた形で,明治時代になって復活している。

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