●屋敷森 やしきもり
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防風・日除け・防火・潮除け,あるいは自家用の堆肥,薪材を補給するなどの目的をもって区画を立て仕立てられた屋敷地内の森林をいう。屋敷林ともいう。一般に山村・漁村の民家は屋敷林を欠くかその発達がきわめて貧弱である。また,濃尾以西,近畿・山陽・北四国の平野農村も同様で,これらの地域では,屋敷を囲む土塀の発達が著しい。これに対して屋敷森の発達しているのは季節風の卓越する散村地帯であり,東北・関東および裏日本に発達し,また卓越風の強い沿岸島嶼にも存在する。屋敷森の呼称はツイジ・カイニョ・イエモリ・エグネなど地域によって異なるが,樹種も地域によって一様でない。島根県簸川平野は黒松,武蔵野台地だと杉・樫・竹・松・欅,岩手県北上平野と富山県砺波地方は杉,房総南部・伊豆・静岡県大井川三角州等,太平洋沿岸地域にいくと槙が主となり,南島にいたるとガジュマル,センダンなどとなる。屋敷森の形態は,大雑把にみればほとんどが常緑樹の単一帯であるが,関東地方のうち武蔵野台地に限っては常緑・落葉の混合林が多くみられる。そして林帯の方向はいうまでもなく北ないし西寄りのものが多く,当然ながら卓越風と一致している。簸川平野の屋敷森はツイジ(築地)と呼ばれる。屋敷の西側に黒松を並べて生垣伏に屋根の高さに植え込み,北側,すなわち家の背面は竹や榎などの樹木をふつう植える。東側は小屋を有することから林帯はまばらか,もしくは存在せず,南側はまったく何もない。この地方は西および東の風が卓越し,とりわけ西風が最も多く,冬および春には50%以上に及ぶとされ,このような風から屋敷や耕地などを守るために,その周囲に防風林や防風垣が育成されているのである。ツイジという名称の由来は,河の氾濫を防ぐための築牆の上に松を植えたことによるもので,扇状地の一部にこの築地の残存するところさえあるという。扇状地における新田への移住と,屋敷森の形成秩序の関係をみると,当初はまったく裸の無防備の家で,冬季は風除け垣をつくってしのぐのがふつうである。移住後,松などを植えてしだいに防風林の造成につとめるものとされ,したがって防風林の有無はその家の新旧を物語る一つのバロメータとみなされる。なお,一般に明治以降分立した新しい家については,屋敷森を囲える例はあまり見られない。富山県砺波平野の屋敷森は,樹種はほとんど杉であるが,まれにエンジュ・トネリコを混じ,ときには柿・栗・クルミのごとき果樹もみうけられる。杉のほかに竹を混ぜることもあるという。林帯の方向は西および南に密で,これは卓越風またはフェーンの襲来する方向と一致する。母屋は一般に卓越風を受けない東向きとなっている。屋敷森はこのような平野の村落のみならず,大山の裾野の村落にもみられる。関東北西部の山麓地方は,古くから“上州からっ風”などといわれ,冬から春先にかけて北西の季節風が卓越するので知られている。この地方の民家は,たいてい北あるいは西に屋敷森を構えている。また,太平洋の沿岸地方では防風対策として暖地性の槙・椿そのほかの木をもって垣を育成しており,さらに台風銀座と称される南方の島々では,ガジュマル・センダンなどの熱帯植物の屋敷森や石垣で囲まれた民家をみることができる。これらの屋敷森は主としてその地方の激しい風に対する備えであるが,屋敷の周囲の山林は,農家にとっては燃料・堆肥などの供給源としても重要な役割を果たしているものであり,日常生活の上でも大きな力となっている。しかし,屋敷森を伐ることは家産の傾く始まりとして戒むのがつねである。つまり,屋敷森は家の威容を誇示し,家の古さ・格を示すシンボルとしてとらえられているともいえるのである。〔参考文献〕伊藤隆吉「東京市西郊に於ける屋敷森の形態と機能」人文地理15―8〜9,1939
竹内芳太郎「屋敷・間取り」『日本民俗学大系 第6巻』所収,1962,平凡社