●屋敷神 やしきがみ
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屋敷地の一隅や裏山などの小区画の土地にまつられている神。屋敷神というのは学術上の用語で,地域ごとにさまざまな呼称がある。屋敷神は一定の地域を信仰圏として伝統的にまつられてきたものと,稲荷や八幡などのようにある時期に流行神として大社から勧請されたものとに大別される。前者の場合は東北地方のウヂガミ,関東地方のイナリ,中部地方のイワイガミ,東海地方のジノカミ,近畿地方から山陽地方にかけてのコウジン,山陰地方のモリガミ,四国のジガミ,北九州のヤブサガミ,南九州のウッガンやモイドンなどというように,ほぼ全国的にみられる。また,福井県の若狭湾を中心とするニソノモリや,大分県の国東半島を中心とするコイチロウガミは特異なものとして注目されてきた。これらの屋敷神はその祭祀形態からおおよそ次の四つの型に分類できるようである。(1)地縁祭祀(2)個人祭祀(3)同族祭祀(4)地域祭祀である。地縁祭祀はトナリとかクミあるいはコウといった生活共同体として最も親密な家が共同でまつっているものである。個人祭祀は1戸のみでまつっているもので,流行神や個人的な事情で勧請した場合はほとんどこの型のまつり方である。同族祭祀は一族でまつるもので,本家を中核として何軒かの分家で構成されている。地域祭祀はムラの氏神などによくみられる祭祀形態である。家々の屋敷神がなんらかの事情で神社などに合祠された場合や,草分け的な家の屋敷神が近在の信仰を集めて個人の手から離れた場合に生じる祭祀方式でもある。最近は木や石などで常設の祠をつくる傾向があり,大規模なところでは鳥居などを建てるようになった。したがって,神は祠に常住するといった観念が強くなり,祭日に供え物をするだけでなく,ことあるごとに参詣する姿も見られる。しかし,古式を守っている地域では現在でも,前日の夕方から宵にかけて祭場の大木や岩を依代にして神を迎えまつるという心意を伝えている。夜半に依代を通じて降臨するという神の発現形式は,日本の伝統的な神祭りと軌を一にしており,屋敷神としてもその例外でないことがわかる。しかも,呼称のあとに「荒れ」とつけて,神迎えをする日は天候が荒れるという,霊威を物語る伝承は全国的に共通している。なお,伝統的にまつられてきた屋敷神は呼称からも明らかなように,祭神を特定するものは少ない。多くは森や藪といった祭場の形状や荒々しいといった伝承的な性格,内とか氏といった祭祀団との関係,そのほか祭日や依代などをその名に冠している。ただ,祭日が春と秋に集中しているのは注目すべきであるが,春秋2度にわたる祭祀方式から古代の氏神祭りと脈絡があるとするには問題がある。勧請神の場合はその神によって祭日が固定されてしまう場合が少なくないからで,伝統的な屋敷神の多くは9・10・11月といった秋を年1度の祭日としている。そして,この日をその年の新米を供する最初の機会とする地域が多い。つまり屋敷神の祭りは収穫祭としての色合いが濃厚にみられる。
屋敷神の原初的な形態は生活をともにする家々が背後にある山のきわの一区画の土地を祭場として,その中心にある大木や岩を媒介に神を迎えまつるものであったと考えられる。このような祭場にはたたりの伝承が顕著で,祭日以外に近づくのはもちろんのこと,枝さえ折ることが忌まれる聖地とされている。生業の変化やイエの自立に伴って生活共同体としての地縁結合が崩れてくると,屋敷神も地縁祭祀から個人祭祀に移行するようになる。そして分家などを吸収して同族祭祀といった形態が生じるようになる。ここで注意しなければならないのは,個人祭祀の段階で祭場が個人所有の屋敷地に取り込まれるようになる点である。そこでまつられる神もしだいにその家の守護神であるとか,一族の遠祖だと意識されはじめる。平安時代以来始まったという流行神勧請も,個人祭祀がひろまるにつれて増加する一方,人の死後33年の弔い上げを機に屋敷神になるといった先祖神の伝承も各地で聞かれる。
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